ノート:ロマン・ムスティスラーヴィチ

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疑問があります。

(1)歴史的人物名には当時の人物本人の自称(或いはその妥当性が高いもの)を採用すべきかと思いますが、読みを変える理由はどこにあるのでしょうか。教えてください。例)ポーランド王ボレスワフ

(2)ムスチスラフ2世の表記が父称付きの名前に改められました。この方針自体には反対ではないのですが、こうしたやり方を今から導入すると、大半のページに変更を加えることを余儀なくされます。便宜的には、ムスチスラフ2世に直接リンクさせればいいと思いますが、いかがでしょうか?

(3)ラヴレンチー写本は言わずもがな、イパーチー年代記においてさえも、ハールィチのダヌィーロと呼ばれるのはどちらかと言えばレアケースで、ダヌィール(ダニール)と呼ばれるケースが圧倒的です。次いでダヌィーラ(ダニーラ)が多く、ダヌィーロはその次の頻度で出てきます。当時の読み方で表記するという大原則に基づけば、ダヌィールが妥当かと思います。ご意見下さい。--133.50.230.252 2008年6月30日 (月) 01:24 (UTC)


(1)ボレスラヴ・ボレスワフの問題は日本語表記の問題です。ポーランド王は自分を「ボレスワフ」と自称するたことがないでしょう。せめて「Boleslaw」。

(2)そもそも「@@@世」という書き方はルーシにおいて存在しません。多数の記事を変更させても、やぶさかではありません。そのような変更が正確さに導いたらいいと思います。

(3)ラヴレンチー写本においてハリチ・ヴォルィにー年代記が入ってませんので、ダヌィーロに関する記事は当然少ない。それにしても、Данило(ダヌィーロ)という名前がしばし出てきます。イパーチー写本ではДанила(ダヌィーラ)が圧倒的です。私が使用していた文献ではダヌィーロ(ダニイロ)が多いです。ダヌィールかダヌィーロにするかは好みの問題でしょう。--AlexKwappen.svg Alex K 2008年7月1日 (火) 15:09 (UTC)


Alex K様 ご回答ありがとうございます。

(1)了解しました。日本語表記では長い間、便宜上、ボレスワフと表記されてきたので、その方が混乱を招かないと考えました。

(2)了解しました。しかし、本当にやるんですか?「名前+父称」に。 歴史的人物に対し、便宜的に、混乱を招かないように(@@@世)と記す事例は多く、また伝統的で(日本に限らず)、従って辞書においてはそうした表記を使用しても良いと個人的には思います。

 ただ、もしこれを「名前+父称」に直していくとなると、ルーシだけの問題では済まないですよね。また、日本語版だけの問題でもないですよね。負担が大きいので、個人的にはそうした作業はしないでおこうと思います。この点はお任せします。

(3)? ダヌィーラが圧倒的なら、それにしましょう。

 追加 (4)リューリク2世絡みの記事を削除されていますが何故でしょうか?ロマンを語る上で、リューリク2世との関係に触れないわけには行かないと思うのですが。 --133.50.230.252 2008年7月2日 (水) 01:03 (UTC)

あとから付け足しで失礼しますが、山川出版社の『ポーランド・ウクライナ・バルト史』や中央公論新社の『物語ウクライナの歴史』では「ダニイロ」となっています。日本語版ウィキペディアなので日本語のしかるべき出典は大いに参考すべきでしょう。古ルーシ語は知らないので「Данило」という表記をどう読むのか、はたまたその読みをどう日本語表記したらよいのかわからないのですが、ポーランド史・ウクライナ史の極めて代表的な日本語出版物で「ロ」と書かれているのですから、少なくとも語末は「ロ」でいいんじゃないかと思います。本文リンク崩れてますので、取り合えず該当部分は戻します。--PRUSAKYN 2008年9月17日 (水) 14:13 (UTC)
了解しました。ルールならしかたありませんが、Alexさんも指摘しているように、年代記を紐解くと「Данило」はあまりなくて(あるにはありますが)、ДанилаとДанилが圧倒的です。その意味では、現在のウクライナ語の読みが上記文献では当てられているのだと思います。ヴォロジーメルをロシア人がウラジーミルと呼ぶのと同じケースですね。個人的には聖書のДанилが原形で、恐らくは南西ルーシ地域で現在のДанилоになるまでの途中の段階Данилаだったのではないかと思いますが、確実なことではないのでこの辺でやめておきます。今後の検討課題ですね。--133.50.230.252 2008年9月19日 (金) 01:42 (UTC)
原型は段階Даниилです。男性の名前の後にоかaを付けるというのは、南西ルーシのみならず、スラブ人の世界によく見られる習慣であるとのことです(ミシュコ、サシュ、サド、ヤリ、レヴ、ヴァシリ・ヴォロディミルコ'、ステニ、イヴァン・イヴァンなどなどです)--202.71.90.139 2008年9月20日 (土) 01:56 (UTC)
ルールといいますか、私は絶対に日本語文献に一致させるべきだとは思いません。ただ、上で「ロ」について問題になっていたので、日本語の文献では「ロ」は普通ですよ、ということを言いたかっただけです。
それら日本語文献の「ロ」がどの出典に基づいているのかよくわからないのですが、どちらも本文内で『ハーリチ・ヴォルィーニ年代記』に言及しているので、この年代記には「ロ」で書いてあるのかもしれません。すみませんが、私は原語の年代記を参照できる環境にありませんので、これ以上は何とも言えません。(上のAlex Kさん2008年7月1日 (火) 15:09 (UTC)で「ラヴレンチー写本においてハリチ・ヴォルィにー年代記が入ってませんので、ダヌィーロに関する記事は当然少ない。」とコメントされていますが、これは『ハーリチ・ヴォルィーニ年代記』には「ロ」で書かれているということを仰りたかったのかもしれません。すみません、コメントの文意がきちんと理解できていません)。
『物語ウクライナの歴史』の方は断り書きつきであえて多くウクライナ語名を取り入れているので「ダニイロ」がウクライナ語名として書かれている可能性はありますが、『ポーランド・ウクライナ・バルト史』はウクライナ語への考慮はあるものの基本的にポーランド語名・ロシア語名優先でウクライナ語名はあまり出てこないので、「ダニイロ」に限ってウクライナ語名で書いている、ということはないのではないかと思います。--PRUSAKYN 2008年9月20日 (土) 07:06 (UTC)


  • ラヴレンチー写本においてハリチ・ヴォルィにー年代記が入ってませんので、ダヌィーロに関する記事は当然少ない。」の解明。

ラヴレンチー写本は北東ルーシの系統を持つ写本です。ダヌィーロ公の武功を讃えるハリチ・ヴォルィにー年代記は、南西ルーシの系統を持つ写本にしか入っておりません。したがって、北東ルーシの系統を持つラヴレンチー写本では、南西ルーシの「ダヌィーロ公」についての記述が少ないということは、当たり前のことです。そういうわけです。--202.71.90.139 2008年9月21日 (日) 05:05 (UTC)

3点ほど。
ハーリチ・ヴォルィーニ年代記では、「ダヌィーロ」というような表記になっているのでしょうか?
古ルーシ語の「и」はウクライナ語のような硬音の「イ」(つまり「ウィ」)なのでしょうか。
日本語文献では「ダニロ」と「イ」がひとつ多く書かれているような気がしますが、「Daniilo」なのか「Danilo」なのか、どちらも使用例があるのか、どういうことなのでしょうか。
自分の無知ゆえの質問なので少し憚られますが、教えていただけるとありがたく存じます。--PRUSAKYN 2008年9月21日 (日) 06:40 (UTC)
訂正 『物語ウクライナの歴史』の表記は「ダニーロ」でした。『ポーランド・ウクライナ・バルト史』は「ダニイロ」です。また、必ずしもポーランド語・ロシア語優先ではありません(ウクライナ語は必ずしも配慮されないのに対し、ポ・ロ語はたいてい配慮されている、というコントラストがあるだけで「後者優先」とは判断できません)。すみません、間違えました。お詫びして訂正します。--PRUSAKYN 2008年12月14日 (日) 16:53 (UTC)