ノート:ゲーム

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私の書いてしまった口上がふさわしいものかとか、分類がふさわしいものかとか、そもそもあれこれ問題がありますが……。英語版のようなしっかりした造詣深くウィットに富んだ書き方はなかなかできません。
ところで、

  • ロールプレイングゲーム
  • ロールプレイングゲーム(ビデオゲーム)

という二つの表現は、英語版の Role-Playing_Games と Role-Playing_Games(video_games) の二つの表現の対訳として設けたものですが、日本ではそれぞれ

  • テーブルトークRPG
  • RPG(コンピュータRPG)

と訳したいのですが、いかがでしょうか。 (括弧は全角? 略号は半角英数字?)

- Gombe 15:32 2003年2月5日 (UTC)
訳語、それでよいと思います。全角括弧と半角アルファベットというのも。ちなみに本文もいいと思いますよ。Tomos 18:33 2003年2月5日 (UTC)

こんにちは。「乱数」有無について、有意義な内容で興味深く読みました。一般的には、「運の要素のあるなし」と言ってよいでしょうか。「乱数発生の無いゲーム」イコール「運の要素が無いゲーム」イコール「最善手がわかっていれば(神様同士がプレイするなら)、先手必勝か後手必勝か必ず引き分けのいずれかに決定しているゲーム」と理解しています。
ここから細かい話です。(1)先手後手が無い(同時プレイの)ゲームの場合でも、乱数発生が無い場合は、結果が決まっていると言えるものでしょうか。(2)複数プレイヤーのゲームの場合でも、この説明は成り立つものでしょうか。4人プレイのゲームでも、乱数発生が無く、全員が最善手を知っていれば、誰が勝利するか最初から確定しているると言えるでしょうか。 Yas 03:18 2004年1月22日 (UTC)

二人零和有限確定完全情報ゲームの記述によると、三人以上では決定できなさそうですね。乱数がない(確定)以外にも勝敗の決定性には条件があるようなので、その辺も記事に反映できると良さそうです。同時プレイについては「その瞬間に相手が取る行動が解らない(つまり相手の裏をかくことができる)」という点で「完全情報」でないことから勝敗を決定できないのではないでしょうか。ジャンケンに必勝法が無いのは、「偶然性がある」からではなく「不完全情報」だから、だと思います(いま思っただけなので怪しいですが)。Ghaz 03:51 2004年1月22日 (UTC)
>>に必勝法が無いのは、「偶然性がある」からではなく「不完全情報」だから、だと思います(いま思っただけなので怪しいですが)
お考えの通りだと思います。Sampo 04:16 2004年1月22日 (UTC)

あああ、自分の書いた記事でだいぶ議論を呼んでしまった。 深く考えずに書いてしまって反省してます。 というか、ゲーム理論にかなり詳しい(と思われる)方もいらっしゃるようなので、 気にせず消してくださってかまわなかったんですけど…。 私自身は大学時代にちょっとかじっただけなので、自信を持って正しい文章をかけません。 とりあえずコメントアウトしました。誰か正解を知っている方修正をお願いします。 どうもすみません。

>(1)先手後手が無い(同時プレイの)ゲームの場合でも、乱数発生が無い場合は、結果が決まっていると言えるものでしょうか。

たしかナッシュ均衡の話ですね? どういう条件下でナッシュ均衡点が存在するのかは、忘れてしまいました…。

利用者:ventnor_avenue 01:30 2004年1月25日 (UTC)


ゲームの分類、あるいは要素としては

  • 競争
  • 偶然
  • 模倣
  • めまい

を基準にすればよいのでは?

おお。
Poppyさん、ご意見ありがとうございます。
私自身はその4つの要素による分類に詳しくないので、もしよければPoppyさんが投稿していただけるとありがたいのですが…… :-)
- Gombe 06:16 2004年5月21日 (UTC)
カイヨワの分類ですか。遊びのところにも簡単な説明がありますね。しかしあれにこだわるのもどうかと思うんですが。大概のゲームはアゴンかアレアになってしまうし……。
それに、ストーリーテリングの遊びが上手く分類できないという弱点もあります。NiKe 08:21 2004年5月21日 (UTC)
ストーリーテリングの遊びは「模倣」と「めまい」に分類してしまえるのではないかと思います。知っている物語のパターンの模倣と、その組み合わせによる「模倣」もしくは「めまい」、という感じで。
- ynakata 2005年11月11日 (金) 10:15 (UTC)

一考察[編集]

ゲームとは、相手プレイヤーに間違った選択肢を選ばせ、プレイヤーが正しい選択肢を選ぶことを楽しむことである。--Yuu6676 2006年11月16日 (木) 05:29 (UTC)

純粋な敵プレイヤーとは、ゲームを終わらせないことを目的として、他のプレイヤーに間違った選択肢を選ばせることに特化した者。--Yuu6676 2006年11月16日 (木) 19:55 (UTC)

ゲームバランスを保つには、他のプレイヤーないし乱数ないし情報隠蔽によって、こうしたらどうなりそうかという推測を難しくする。また直ぐに勝てる選択肢は選べないようにしておく。しかし勝てそうだという見込みは与え、再プレイさせるべき。終了条件を達成した後は、初期条件を変更した上、次のステージに移る。こうすればこうなるという法則自体を変更した場合、別のゲームに移る。--Yuu6676 2006年11月16日 (木) 22:47 (UTC)

Wikipediaはゲーム(に限らず、何か)について考察するところではありません。警句集を作るところでもありません。そしてノートは記事を作るための話をするところであって、チラシの裏ではありません。御遠慮下さい。 -- NiKe 2006年11月17日 (金) 00:26 (UTC)

遊戯としてのゲーム[編集]

コメントはここでいいのでしょうか? 下記の内容の裏を取ろうとしましたが,取ることができませんでした. === 松田道弘はその著書『トランプの楽しみ』で、「遊戯としてのゲーム」の定義として「勝敗を争う事で楽しむ遊戯」という定義を採用している。この定義は単純明快であり、かつ言い得て妙である。 === (1)松田道弘氏は『トランプの楽しみ』という本を書いてはおられません.『トランプのたのしみ』という本ならば現在は絶版ですが筑摩書房から出版されていました. (2)松田道弘氏の『トランプのたのしみ』を図書館で借りて,その中に上記の記述があるかどうかを探してみましたが,見つけることができませんでした.なお,調べたのは改訂版第8刷です.版による違いでしょうか. === 北 2008年2月20日10:30