ノート:お船の方

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「兼続の米沢移封後、お船の方も米沢に移った」との記述がありますが、『米沢市史・近世編1』には関ヶ原役後、菊姫・お船の方両人とも証人として伏見に留め置かれたと書かれています。お船の方が米沢に移ったというエピソードは、私も小説などで読んだ記憶はありますが、今回いろいろ見た兼続関連の参考文献の中では見つけることが出来ませんでした。『上杉家御年譜』では寛永5年(1628年)、亡父の追善供養のため、お船の方が米沢入りした記録がありますが、最近出版された『直江兼続の生涯ー義に生きた天下の智将』(別冊歴史読本)の中で今福匡氏はこの記録以外にお船の方が米沢入りをした確かな記録はないと述べられているようです。--Thomo 2008年9月24日 (水) 16:47 (UTC)[返信]