サム・レイシー

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サム・レイシー
Sam Lacey
Sam Lacey 1971.JPG
引退
ポジション
(現役時)
センター
背番号(現役時) 44, 40, 52
身長(現役時) 208cm  (6 ft 10 in)
体重(現役時) 107kg (236 lb)
基本情報
本名 Samuel Lacey
愛称 Slammin' Sam
ラテン文字 Sam Lacey
誕生日 1947年3月28日
アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
出身地 ミシシッピ州インディアノーラ
出身 ニューメキシコ州立大学
ドラフト 1970年 5位
選手経歴
1970-1981
1981-1982
1982-1983
カンザスシティ・キングス
ニュージャージー・ネッツ
クリーブランド・キャバリアーズ
受賞歴

サム・レイシーSam Lacey, 1947年3月28日 - 2014年3月14日[1]アメリカプロリーグNBAカンザスシティ・キングスで活躍したアフリカ系アメリカ人の元バスケットボール選手。ミシシッピ州インディアナノーラ出身、ニューメキシコ州立大学卒業。身長208cm、体重107kg。ポジションはセンター1970年の入団以来シンシナティ・ロイヤルズ、カンザスシティ=オマハ・キングス、カンザスシティ・キングスと名を変えていった現サクラメント・キングスにてインサイドの柱として11年間プレイした。背番号『44』はキングスの永久欠番となっている。

来歴[編集]

ニューメキシコ州立大時代に平均16.2得点14.2リバウンドの成績を残したレイシーは1970年のNBAドラフトで全体5位指名を受けてシンシナティ・ロイヤルズに入団。1年目から13.5得点11.3リバウンドのダブル・ダブルの成績を記録し、以後も毎シーズン安定した成績を残し、この時代のキングスのエースであるネイト・アーチボルドと共にチームを支えた。全盛期はカンザスシティ=オマハ時代に訪れ、1973-74シーズンにはキャリアハイとなる平均14.2得点、翌1974-75シーズンにはリーグ3位となる平均14.3リバウンド、センターとしては高水準となる平均5.3アシストを記録して初のオールスターに選ばれ、また長く低迷していたキングスも8シーズンぶりに(レイシーにとっては初の)プレーオフに進出している。またNBAは1973-74シーズンから試合でのブロックショットとスティールの数を公式に計測を始めたが、レイシーは史上5人しか居ない7シーズン連続100ブロック100スティール以上を達成した選手となった(他はアキーム・オラジュワンジュリアス・アービングデビッド・ロビンソンベン・ウォーレス)。その後1981-82シーズン序盤にマイク・ウッドソンとの交換でニュージャージー・ネッツにトレードされ、11年間過ごしたキングスから去ることになった。翌1982-83シーズンクリーブランド・キャバリアーズでプレイし、このシーズンを最後に現役から引退した。

2014年3月19日に死去した[2]。66歳没。

成績[編集]

外部リンク[編集]

脚注・出典[編集]

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注釈[編集]

出典[編集]