オットーサイクル

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オットーサイクル (: Otto cycle) は火花点火機関ガソリンエンジンガスエンジン)の理論サイクル(空気標準サイクル)であり、定容サイクルまたは、等容サイクルとよばれる[1][2]。石炭ガスを用いた最初の火花点火機関を作ったのはフランスのルノアールであるが、それをもとに最初の火炎点火式などの実用的なガス機関を製作したドイツのニコラウス・アウグスト・オットー[3]にちなんで、オットーサイクルとよばれている。

サイクル[編集]

オットーサイクルは、火花点火機関の実際のサイクルを、下表 1 のような比熱一定の理想気体(空気)の可逆なクローズドサイクル(空気標準サイクル)で置き換えたものと考えることができる[1] [2]

表 1 サイクルの置き換え
実機関の状態変化 置換後の状態変化 備考
1 → 2 混合ガスの圧縮 断熱(等エントロピー)圧縮
2 → 3 点火・燃焼 等積加熱 この間のピストン移動を無視
3 → 4 燃焼ガスの膨張 断熱(等エントロピー)膨張
4 → 1 排気・吸気(または掃気) 等積冷却 この間のピストン移動を無視

オットーサイクルのp-V 線図および T-S 線図を図 1、2 に示す。また、吸気状態を V1、p1、T1、S1 としたときの、サイクル上の各点の状態量を下表 2 に示す。

表 2 サイクル各点の状態量
体積 圧力 絶対温度 エントロピー
1
1→2
2
2→3
3
3→4
4
4→1
圧縮比、   :圧力比(圧力上昇比)、   比熱比

:質量、   :定圧比熱、   :定積比熱

熱量、仕事、熱効率[編集]

上で求めた各点の状態量を用いて、1 サイクルあたりの加熱量、冷却量、仕事、 および熱効率平均有効圧力は下記のように求まる。

  • シリンダー内空気質量:
  • 加熱量:
  • 冷却量:
  • 仕事:
  • 熱効率:
  • 平均有効圧力:

この結果より、以下のことがわかる。

  1. 圧縮比 ε を大きく(高く)すれば熱効率が大きく向上する。
  2. 絞り弁で吸気圧力 p1 を変えることにより平均有効圧力を変えて、負荷に応じた調速を行うことができる(ガソリンエンジンでは空燃比はほぼ一定であり、圧力比 α を調速に用いることはできない)。ただし、これには絞りに伴う損失が大きくなる欠点がある。

実際のガソリン機関サイクルとの相違[編集]

上の説明は、空気標準サイクルを基にしている。諸パラメーターの影響を予測するには有効であるが、定量的には大きく異なる。これを実際のガソリンエンジンのサイクルに近づけるには以下のような補正を要する[4][5]

  1. (比熱の相違)実際の作業物質は圧縮時は空気・燃料の混合ガスであり、燃焼後は燃焼ガスが作業物質となるので、熱力学的性質が常温の空気とは大きく異なる。特に比熱が空気より大きくなることで、作業物質の温度と圧力が低くなる。
  2. (熱解離の影響)高温の条件ではCO2、H2O をはじめ、多くの成分が解離する。これは供給熱量の減少、もしくは比熱が見かけ上大きくなることと等価であり、前記事項と同様に作業物質の温度・圧力低下の原因となり、出力および熱効率が大きく低下する。
  3. (残留ガスの影響)排気行程で燃焼ガスをすべて排出できないので、次のサイクルの混合気に混入する。これにより吸気の量、温度、圧力が影響を受ける。
  4. (分子数の変化)燃焼により作業物質の分子数が増減する。成分自体が変わるので一概には言えないが、一般に分子数の増加は圧力の増加をもたらす。
  5. (燃焼時間)燃焼は発火点から未燃部分に伝播するため時間を要し、等積加熱とはならない。このため、最大圧力も低く、衝撃も小さくなるので実用上は好都合となる。
  6. (壁面への放熱)シリンダ、シリンダヘッド、ピストンへの対流・放射による伝熱が生じる。
  7. (ポンプ損失)ガソリン機関は通常絞り運転を行うので、吸気圧力は外気より大幅に低く、排気圧力は高いため、これに伴うポンプ損失が大きくなる(特に軽負荷時)。

参考文献[編集]

  1. ^ a b 柘植盛男、『機械熱力学』、朝倉書店(1967)
  2. ^ a b 谷下市松、『工学基礎熱力学』、裳華房(1971)、ISBN 4-7853-6008-9.
  3. ^ 富塚清、『内燃機関の歴史』、三栄書房(1969)
  4. ^ 長尾不二夫、『内燃機関講義 上巻』、養賢堂(1976)
  5. ^ 古濱庄一、『内燃機関』、東京電機大学出版局(2011) ISBN 978-4-501-41930-1 C3053

関連項目[編集]