アリアンヌ・ムヌーシュキン

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アリアンヌ・ムヌーシュキン(Ariane Mnouchkine、1939年5月3日 - )は、フランスの女性演出家映画監督太陽劇団を率いる。なお、日本ではアリアーヌ・ムヌーシュキンとして紹介されている。

ロシア人の映画制作者アレクサンドル・ムヌーシュキンと、イギリス人の母の娘としてパリで生まれる。父は娘の名と同じアリアンヌ・フィルムを設立した。

オックスフォード大学で心理学を学ぶ中、オールド・ヴィック座シェイクスピア劇に触れ演劇の道に入る[1]。フランスに帰国後、ジャック・ルコック国際演劇学校に学び、ソルボンヌの古代劇研究会に所属する。ギリシャ劇の上演に女性の活躍する場が無かったことから、1960年に演劇集団A.T.E.P.(Association théâtrale des étudiants de Paris)を結成し、アンリ・ボーショーの『ジンギスカン』を初演出する[1]。また、面識の無かったジャン=ポール・サルトルから資金援助を受け、ロルカの『血の婚礼』を上演した。1962年にA.T.E.P.を解散し、日本とカンボジアで東洋演劇を学ぶ[1]

1964年にA.T.E.P.のメンバーを中心に太陽劇団を設立。旗揚げ公演はゴーリキーの『小市民』だった。興行は立ち上げ後しばらくの間低迷したが、1967年にモンマルトルで上演したアーノルド・ウェスカーの『調理場』が話題となり、名の知れた前衛劇団のひとつとなった[1]。メンバーの合資によって立ち上げられた太陽劇団は、当時のフランス演劇界にとって革新的である、裏方と表方の区別を無くし全てのメンバーが平等に活動する原則を掲げた[1]コメディア・デラルテの手法を用いるなど多様な演劇的実験と、スペクタクル的で大がかりな舞台で知られ、革命劇「一七八九年」などのほか、モリエールやシェイクスピアの作品を上演する。

1978年にムヌーシュキンが脚本・監督を務めた映画『モリエール』をクロード・ルルーシュの製作で取り組み、そのダイナミックな作風が絶賛された。

また『偽証の都市、あるいは復讐の女神たちの甦り』などエレーヌ・シクスーの台本の舞台にも取り組んだ。

2009年には国際イプセン賞を、2017年にはゲーテ賞を受賞している。

脚注[編集]

  1. ^ a b c d e 山中知子『異文化アラベスク:神話と伝説』 人文書院 2012年 ISBN 9784409140642 pp.283-288.

参考書籍[編集]