毛利蔵人

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

これはこのページの過去の版です。ささら (会話 | 投稿記録) による 2013年8月5日 (月) 12:23個人設定で未設定ならUTC)時点の版 (→‎外部リンク)であり、現在の版とは大きく異なる場合があります。

毛利 蔵人(もうり くろうど、1950年5月20日 - 1997年1月13日)は日本作曲家

人物・来歴

兵庫県芦屋市に生まれる。中学生の頃より独学でピアノと作曲をはじめた。 東京都立西高等学校卒業後、大学には進学せず、桐朋学園大学図書館に勤めながら、1971年から翌年にかけて桐朋学園大学教授の三善晃に作曲を師事。1973年、弦楽四重奏曲第1番で第42回音楽コンクール作曲部門入賞。作曲家グループの深新会、アンサンブル・ヴァン・ドリアン等に参加。管弦楽曲、室内楽、歌曲、合唱曲などあらゆるジャンルの作品を書いた。また、映画、舞台、テレビ、ラジオなどの音楽も数多く手がけた。

さらなる才能の開花を期待されていたが、胃癌のため46才という若さでこの世を去る。

とりわけ活躍が幅広く知られているのは、師匠の三善晃と共に作品に携わった、世界名作劇場赤毛のアンの挿入歌(劇中音楽)を担当した事であろう。

そもそも毛利蔵人の名はペンネームであったが、後にこの名を本名として戸籍に登録した。毛利はモーリス・ラヴェルに、蔵人はクロード・ドビュッシーにちなむものである。

武満徹のアシスタントとして武満の後期から晩年に至る時期の作品の肉筆浄書スコアの作成を多く手掛け、それらのスコアの隅には「K.Mori」のサインが遺されている。 また、芥川也寸志の晩年、映画やドラマの音楽の共作も手掛けた。

主要作品

管弦楽

  • GROOM IS GLOOMY

室内楽

  • 待ちながら(弦楽アンサンブル)
  • 冬のために
  • 2つのヴァイオリンのための「ディファレンス」
  • テネブローソ・ジョルノ
  • 帰り道に

独奏曲

  • アナモルフォーズ(ギター)
  • 10のエチュード(ピアノ)

歌曲

映画

TV

外部リンク