山本浩章

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

これはこのページの過去の版です。ウィキウィ (会話 | 投稿記録) による 2016年1月1日 (金) 14:24個人設定で未設定ならUTC)時点の版であり、現在の版とは大きく異なる場合があります。

山本 浩章
やまもと ひろあき
生年月日 (1969-05-13) 1969年5月13日(55歳)
出生地 滋賀県甲良町
出身校 東京大学法学部第1類
前職 益田市議会議員
所属政党 無所属
公式サイト 山本浩章 公式webサイト

当選回数 1回
在任期間 2012年8月2日 - 現職

島根県益田市議会議員
当選回数 1回
在任期間 2011年9月9日 - 2012年3月30日
テンプレートを表示

山本 浩章(やまもと ひろあき、1969年5月13日 - )は、日本政治家島根県益田市長(1期)。元・益田市議会議員(1期)。

来歴

滋賀県甲良町出身。甲良町立甲良東小学校、甲良町立甲良中学校、滋賀県立彦根東高等学校卒業。1988年(昭和63年)4月、東京大学教養学部文科一類入学。1992年(平成4年)3月、東京大学法学部第1類卒業[1]

大学卒業後は、実家の家業である米穀商に従事しながら、司法試験への挑戦を継続していたが、1998年(平成10年)4月、妻の親族企業である株式会社兵間仏閣堂(現・ひょうま)に入社。2010年(平成22年)12月、同社の代表取締役社長に就任。この間、2008年(平成20年)1月、益田青年会議所理事長、2009年(平成21年)1月、日本青年会議所中国地区島根ブロック協議会会長を歴任。

2011年(平成23年)8月28日に行われた益田市議会議員選挙に出馬し初当選。9月9日、市議に就任[2]

2012年(平成24年)3月30日、在職わずか7箇月で市議を辞職。同年7月29日に行われた益田市長選挙に自由民主党県議の支援に加え、連合島根や市農政会議の推薦を受けて出馬。『人口拡大』を掲げ、現職の福原慎太郎との接戦を制し初当選した(山本:14,645票、福原:13,494票)。投票率は68.89%[3][4]。8月2日、市長に就任[2]

2014年(平成26年)2月、日本創成会議による『地方消滅』論や地方創生に先んじて、『益田市人口拡大計画』を策定。

脚注

外部リンク

先代
福原慎太郎
島根県益田市長
2012年 -
次代
(現職)