国民美術協会

国民美術協会（こくみんびじゅつきょうかい）は、日本の美術家による団体で、1913年（大正2年）3月に発足、1943年（昭和18）年頃までに自然消滅した推定される美術家団体である。現在では忘却されている団体であるが、日本におけるアーツマネジメントや文化行政の初源の活動をした組織である。

1912年（大正元年）に行われた美術家の懇親会の席上で、松岡寿、黒田清輝、岩村透らが、偶然の話題から盛り上がり、分野を超えた美術団体の設立を呼びかけた。即刻、森鷗外を座長とする規則起草委員会が作られ、翌年3月の設立総会によって発足した。

フランスの国民美術協会（Société Nationale des Beaux-Artsソシエテ・ナショナル・デ・ボザール）をモデルにしたもので、従来の日本の美術界では各分野のまとまりがなく、派閥に別れて対立ばかりしていることから、「美術家の大同団結」を図り、政府への建議や、一般社会への美術の普及活動など、美術界の発展を計るために創設されたものである。

初代会頭には最初、黒田清輝が推薦されたが、一部の画家が反発。その対立を一言で収めた建築家の中條精一郎が就任。絵画（西洋画・日本画）、彫塑、装飾美術、建築、学芸と幅広い分野を対象とする団体となり、まもなく社団法人化された。1915年12月頃の段階で、総会員数は300名を超えていた。

活動は多岐に及ぶ。この団体は毎年展覧会を開催したが、元来が「美術と社会」を結ぶ諸活動を眼目としたので、会員作品展覧会は主要事業ではない。ただし、「エジプト・ペルシャ・ローマの古品」「西洋の影響を受けたる日本版画」「内外グロテスク作品」「内外農民美術」など興味深い特別陳列を行い、近代日本における「企画展覧会」の先駆けになる。1914年から1929年にかけては、松方蒐集美術を含む外国美術展も積極的に行った。また、当時十分な美術展示を行える会場がなかったことから、この団体が中心となった粘り強い美術館建設運動の結果、1926年に東京府美術館がついに開館した。その他裸体作品取締に対する抗議と建議、東京美術学校改革運動(1915年)、美術局および美術院の設置要求、帝展第四部設置運動（官設展覧会における装飾美術、工芸の地位向上）、美術ジャーナリズムの振興、都市の美観の推進（都市環境政策の提言）など、現代にも通じる実に様々な活動をおこなっいている。この団体を主導した岩村透の構想ではさらに、ビエンナーレの開催や、美術家の養老・遺族扶助などまで含まれていたという。岩村が1917年に病で早逝した直後には、美術知識の普及のために岩村記念美術講演会が企図され、13回（1933年まで）行われた。

国民美術協会では、特に建築部の活動が盛んだったことが知られ、会長の中條精一郎の他、横川民輔、伊東忠太、関野貞、武田五一、佐藤功一、佐野利器、後藤慶二、岡田信一郎、内田祥三、森井健介など世代を超える40名以上が名を連ね、美術家たちと共働した。中條が、1923年の関東大震災後に、若手建築家の大同団結を促して開催した「帝都復興創案展」にも、国民美術協会が関わった。

国民美術協会は、岩村透の没後、黒田清輝、中條精一郎、とりわけ美術編集者の坂井犀水が熱意をもって主導したが、1926年の東京府美術館設立、1927年帝展第四部（工芸）新設を一つの区切りとし、1936年の中條死去、1943年の坂井の死去をもって、自然消滅したと推定される。戦後長らく忘却されてきたが、近年、その活動が実証的に明らかになるにつれて、日本の美術行政、文化行政、アーツマネジメントがどのように発展してきたかを知るためにも、重要な団体と認識されている。

会頭

中條精一郎（1913-1919）
黒田清輝（1919-1924）
中條精一郎（1924-1933）
大河内正敏（1933-43頃か）

主要文献

『国民美術協会報告』1913年12月、『近代美術雑誌叢書・第Ⅱ期　別冊付録』所収、ゆまに書房、1998年、pp.69-84.
『会員名簿』国民美術協会、1915年12月10日現在
石井柏亭『国民美術協会略史』国民美術協会、1930年
坂井犀水「回顧二十年―国民美術協会の業績等々―」『アトリエ』第10巻7号、1933年7月、pp.26-41.
『中條精一郎』国民美術協会、1937年
和田嘉宥「国民美術協会について（大正建築界への影響を探る）」『米子高等専門学校研究報告』第14号、1978年12月、pp.47-52.
山梨絵美子「黒田清輝と国民美術協会」東京文化財研究所編、『大正期美術展覧会の研究』所収、2005年3月、pp.375-391.
朴昭炫『「戦場」としての美術館――日本の近代美術館設立運動/論争史』ブリュッケ、2012年
今橋映子『近代日本の美術思想——美術批評家・岩村透とその時代』下巻、白水社、2021年（第15章「美術行政とアーツマネジメントへのめざめ——国民美術協会という遺産」、pp.149-205.）