伊那節

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

これはこのページの過去の版です。Dušan Kreheľ (bot) (会話 | 投稿記録) による 2022年6月8日 (水) 19:58個人設定で未設定ならUTC)時点の版 (More used with only one reference definition: 1 new reference and 1 new reference call.)であり、現在の版とは大きく異なる場合があります。

伊那公園に建つ「伊那節発祥之地」の碑

伊那節(いなぶし)は長野県伊那谷地方に伝わる民謡

概要

発生は古く、木曽御嶽山の山容を謳った山岳信仰の歌が、伊那谷の馬方に歌い継がれ[1]、次第に宗教的色彩を失い、現在の伊那市を中心に座敷唄として歌われるようになった。明治41年(1908年)に長野市で開催された1府10県共進会に「おんたけ山節」として紹介され[2]大正4年(1915年)に飯田の「南信新聞」が主体となった「伊那風景探勝会」が、天竜川下りの観光宣伝のため、「伊那節」の題名で新たに歌詞を募集し、「天竜下れば」や「桑の中から」が代表的な歌詞として知られるようになった[3]。大正15年(1926年)に伊那で「正調伊那節競技会」が開かれたことを契機に伊那節保存会が発足[3]。戦後、ラジオやテレビの普及によって、木曽節小諸馬子唄安曇節に並ぶ、信州を代表する民謡となった。

代表的な歌詞

天竜下れば しぶきにぬれる
持たせやりたや 檜笠

諏訪の湖水を 鏡にかけて
雪で化粧する お月さん

桑の中から 小唄がもれる
小唄聞きたや 顔みたや

わしが在所の 伊那路の春は
峰に白雪 里に花

東、仙丈 西、駒ヶ岳
間を流るる 天竜川

伊那は夕焼け 高遠は小焼け
明日は日和か 繭売ろか

わしが心と 御嶽山の
峰の氷は いつ解ける

脚注

  1. ^ 「信州・ふるさとの歌」p.38
  2. ^ 「信州・ふるさとの歌」p.39
  3. ^ a b 「信州・ふるさとの歌」p.40

参考文献

  • 伊沢和馬 編『上伊那文化大事典』信濃路出版、1990年4月。ISBN 487947018X 
  • 町田等『信濃の民謡』音楽之友社、1965年。全国書誌番号:65001754 
  • 長野県商工会婦人部連合会 編『信州・ふるさとの歌』銀河書房、1993年。