木曽節

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長野県(黄色の部分)における木曽地域の位置(赤色の部分)
みんなのうた
木曽節
歌手 ザ・ピーナッツ
作詞者 日本民謡
作曲者 同上
編曲者 宮川泰
映像 アニメーション
映像制作者 おとぎプロ
初放送月 1963年8月
再放送月 なし
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木曽節(きそぶし)は、長野県木曽地域民謡である。

概要[編集]

木曽地域に近世から伝わる民謡で、木曽の良材を河川に流して運ぶ「川流し」をモチーフに、木曽の自然(木曽川とまわりの山々)と人情を朗々と歌い上げている。

歌詞中の「中乗りさん」(なかのりさん)は諸説あるが、材木をに組んで木曽川を下り運搬する人たちで、先頭を「舳乗り」(へのり)、後ろを「艫乗り」(とものり)、真ん中を「中乗り」といったというのが一般的である。 [1]  また、歌詞中に「木曽五木」(江戸時代尾張藩から伐採が禁止された木曽谷の五木、ヒノキアスナロコウヤマキネズコ(クロベ)サワラの五種類の常緑針葉樹林)が歌いこまれている。「木曽の御岳さん」は木曽地域の最高峰(標高3,067メートル)である大きな山容の御嶽山である。

木曽節と木曽踊りはいまでは日本全国に知られているが、これには大正から昭和戦前にかけて福島町(のち木曽福島町を経て現・木曽町)の町長を務めた伊東淳(いとう・すなお、1876年-1942年)の尽力が大きかったといわれている [2]。彼は木曽の旧・福島村生まれで、地元自治体吏員から後に福島町長に就任、12年間在職した。伊東は早くから、観光客誘致・地元振興の手段として木曽節に着目、自ら歌い、踊りも指導して、木曽節と木曽踊りを広く紹介した。「木曽のなかのりさん」(1917年)という冊子も発行、1925年には地元酒蔵・中善酒造店に薦めて酒の銘柄を『中乗さん』と改めさせるなどあらゆるPRに努め、「なかのりさん町長」と呼ばれた。

昭和時代に入ると、木曽節はラジオレコード等の新メディアで一般に普及するに至り、全国的な知名度を得た。木曽福島駅前には功績を称えて伊東の銅像が立っている。

歌詞[編集]

民謡なのでさまざまな歌詞があるが、次のものが一般的だといわれている。

木曽のナー 中乗りさん
木曽の御岳(おんたけ)さんは ナンジャラホーイ
夏でも寒い ヨイヨイヨイ
合唱:ハー ヨイヨイヨイノ ヨイヨイヨイ

袷ょ(あわしょ)ナー 中乗りさん
あわしょやりたや ナンジャラホーイ
足袋もそえて ヨイヨイヨイ
合唱:ハー ヨイヨイヨイノ ヨイヨイヨイ

人はナー 中乗りさん
人は見目(みめ)より ナンジャラホーイ
ただ心 ヨイヨイヨイ
合唱:ハー ヨイヨイヨイノ ヨイヨイヨイ

心ナー 中乗りさん
心細いよ ナンジャラホーイ
木曽路の旅は ヨイヨイヨイ
合唱:ハー ヨイヨイヨイノ ヨイヨイヨイイ

笠にナー 中乗りさん
笠に木の葉が ナンジャラホーイ
舞いかかるよ ヨイヨイヨイ
合唱:ハー ヨイヨイヨイノ ヨイヨイヨイ

木曽のナー 中乗りさん
木曽の名木 ナンジャラホーイ
ヒノキにサワラ  ヨイヨイヨイ
合唱:ハー ヨイヨイヨイノ ヨイヨイヨイ

ネズコにー 中乗りさん
ネズにアスヒに ナンジャラホーイ
コウヤマキ ヨイヨイヨイ
合唱:ハー ヨイヨイヨイノ ヨイヨイヨイ

みんなのうた[編集]

関連項目[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 信濃の民謡:木曽節
  2. ^ なかのりさん町長の熱情

外部リンク[編集]