数学において、一致の定理(identity theorem)は、局所的に一致する複素解析関数が大域的に一致することを主張する定理である。単連結開領域で正則な複素関数は、領域内に集積点を持つ点列の上で一致すれば領域全体で一致する。この場合、点とは複素平面上の点である。従って、点列は複素数の数列であると考えてよい。点列が集積点を持つとは、いかに小さな正の実数を選ぼうともとなる点が点列に含まれることをいう。領域内の異なる二点を結ぶ曲線の上でであれば、から始め、曲線に沿ってとの中間点をとして得る点列は集積点を持ち、であるから、一致の定理により、領域全体である。
証明
一致の定理の証明は二段階になる。
- が集積点を持つ点列の上で一致すればとなるの近傍が存在する。(僅かでも広がりを持つ面領域で一致する)
- が空でない開部分領域で一致すれば全体で一致する。
このうち、前半は、解析関数が解析的(テイラー級数への展開が可能)であるという事実から導かれる。後半は、領域の形状に関わらず隅々まで一致することを示すために位相の知識を用いることになるが、後半については解析接続の概念により半ば自明と見なすこともある。
前半の証明
正則関数のテイラー展開は正の収束半径を持つ。をを中心としたテイラー級数に展開する。
もし、が存在するなら、その中で最も若いものをとすれば
であるから、が存在してでである。しかし、がとなる点列の集積点であるという仮定に矛盾する。従って、は有りえず、故にでである。
後半の証明
が一致する領域のうち、に連結する成分をとする。
仮定によりは空でなく連結である。さて、であれば仮定によりの近傍がに含まれる。また、であれば内にとを結ぶ曲線があり、に集積点を持つ点列があり、前半の証明によりの近傍がに含まれる。従って、は開領域である。また、正則関数は連続であるから、であれば
である。従って、は閉領域である。連結領域の部分で空でなく開であり閉であるものは全体以外には存在しないので、
である。この証明は、が一致する領域と一致しない領域の「境界」が領域内に存在しないことを説明している。「境界」が存在しないということは、領域全体で一致することを意味する。
一括の証明
最初から位相の知識を用いれば更に簡潔な証明となる。の導集合(集積点の集合)をとする。は定義により閉集合である。しかし、はで正則であるから、正の収束半径の円内でテイラー級数に展開することが可能である。
もし、が存在するなら、その中で最も若いものをとすれば
であるから、が十分に小さければであるが、これはに反する。従って、は有りえず、故にでであり、は開集合である。しかし、連結領域の部分で空でなく開であり閉であるものは全体以外には存在しないので、
である。