バナナフィッシュにうってつけの日

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バナナフィッシュにうってつけの日」(原題:A Perfect Day for Bananafish)とは、J・D・サリンジャーの短編小説。1948年1月31日に『ザ・ニューヨーカー』誌上で発表された。短編集『ナイン・ストーリーズ』(1953年)に収められている。グラース家の人々を中心においた一連の作品の嚆矢でもある。

シーモア・グラースとその妻がフロリダへ二度目のハネムーンに出かけた際の出来事を描いている。ストーリーはビーチで過ごすシーモアの一日を追っており、はじめに彼の妻ミュリエルとその母の、その後にシーモアと友人の娘シビルとのたわいもない会話が続く。その日の夜、シーモアは突然拳銃自殺をとげる。この一見不可解な死は小説中の「最大の謎であり作品の中心」[1]である。

あらすじ

ひとりビーチで過ごすシーモアに対し、彼の妻は、ホテルの一室でファッションや夫の行動について母親と電話ごしにとりとめのない会話をし続けている。彼女はシーモアが送ったはずのドイツの詩人の本をまだ読んでいないのでどこにあるか尋ねる。作中でシーモアはいくつもの不可解なことをしている。たとえば人々が自分の足ばかりを見ていると思ったり、刺青もないのに、自分を見る人々を気にしてバスローブを脱ごうともしなかったり。妻の友人の娘であるシビルに促され海にはいると、水の中でシーモアはシビルへ、バナナフィッシュの話をして聞かせる。

あのね、バナナがどっさり入ってる穴の中に泳いで入って行くんだ。入るときにはごく普通の形をした魚なんだよ。ところが、いったん穴の中に入ると、豚みたいに行儀が悪くなる。ぼくの知ってるバナナフィッシュにはね、バナナ穴の中に入って、バナナを78本も平らげた奴がいる

シーモアの話にでてくるバナナフィッシュは、そのままバナナを食べ過ぎて太ってしまうので二度と穴の外へは出られなくなり、バナナ熱にかかって、死んでしまう という。

シビルと別れたシーモアは、妻の眠るホテルの部屋へ戻る。トランクから拳銃をとりだし、ミュリエルの横にこしかけるとそのまま自分のこめかみを撃ちぬく。

分析

この短い小説は、ひとつの文学的技巧の達成[2]であるとともにサリンジャーの著作の大半がそうであるような死と隣り合ったユーモアでも知られている。この小説がおさめられた短編集『ナイン・ストーリーズ』の冒頭に掲げられた公案「隻手の声」から題意を読み解こうとするものがいれば[1]、ある批評家たちはそのシンボリックな側面に注目している[3]。サリンジャーは冒頭のミュリエルとその母の会話を書き込むことで、彼女たちの浅薄さを描いた。そしてそれに続くのが、ツー・ピースの水着をつけた幼いシビル・カーペンターによる「もっと鏡みてシー・モア・グラース」という言葉である。それに対してシビルの母もまたファッションの話をし続ける点でミュリエルの母と似通っている。シーモアはビーチで孤独だ。シビルの「女の人はどこ?」という声へ答えるシーモアは、明らかにそれが彼女であったことに落胆している[4]。そこには唐突にみえるシーモアの自殺の動機をうかがわせるものがいくつもみいだせる。少なくとも戦争の傷跡による「狂気」だけでなく[1]、彼の「悪趣味で俗っぽい」妻と「けがれなく純粋な」シビルという対比がある[5]

出版・反響

もともと「バナナフィッシュにはよい日 A Fine Day for Bananafish」というタイトルがつけられていた[6]この作品は、サリンジャーの生涯でも重要な作品である。ニューヨーカー誌はそれまでサリンジャーの小説を一作掲載しただけだったが、この「バナナフィッシュにうってつけの日」はすぐに掲載が決定した。そしてその「非凡な出来」のゆえに、契約書には今後小説を出版するかどうかを決める権利がサリンジャーにあるという一文が盛り込まれた[6] 。発表されるやいなや、この小説はたいへんな評判をよんだ。サリンジャーの伝記作家ポール・アレキサンダーによれば、「文壇におけるその後のサリンジャーの立場をまったく変えてしまう作品」だったのだ[6]

ブリジット・バルドーが「バナナフィッシュにうってつけの日」の版権を買い取りたいと申し出ると、サリンジャーはそれを断った。そして友人であり「ニューヨーカー」誌で長年編集をしていたリリアン・ロスへこう語っている。「彼女はかわいいな。才能もあるんだけど、迷えるアンファンなんだ。スポーツのお誘いなら受けたんだけどね」[7]

日本語訳

脚注

  1. ^ a b c 野間正二「五〇七号室の謎 : サリンジャーの「バナナフィッシュに最適の日」を読む」『コルヌコピア』第10巻、京都府立大学、2000年4月20日、2-4頁、NAID 110000478172 
  2. ^ Alexander, Paul (1999). Salinger: A Biography. Los Angeles: Renaissance. ISBN 1-58063-080-4 
  3. ^ Bloom, Harold, ed., J. D. Salinger, Chelsea House, 2002, pp. 50-51.
  4. ^ Gwynn, Frederick L., and Joseph L. Blotner, "One Hand Clapping," in Salinger: A Critical and Personal Portrait, Harper & Row, 1962, p. 110.
  5. ^ Gwynn and Blotner, "Against the cult of the Child," in Salinger: A Critical and Personal Portrait, p. 241.
  6. ^ a b c Alexander, Paul (1999). Salinger: A Biography. Los Angeles: Renaissance. ISBN 1-58063-080-4  p. 124.
  7. ^ Lillian Ross (2010年2月8日). “Bearable”. The New Yorker. newyorker.com. pp. 22–23. 2010年9月21日閲覧。

外部リンク