キーパンチ
キーパンチ(英文:Keypunch)はカード穿孔機(カードせんこうき、英文:Card punching machine)とも呼ばれ、1950年代から1970年代にかけておもにパンチカードシステムおよびその後のコンピューターシステムへの入力用に、データを手作業で紙製パンチカードへ記録するのに使われた。日本も含めて、世界的にはIBM社のIBM 24穿孔機、IBM 26印刷穿孔機などがよく利用された。
なお、キーパンチを操作する人をキーパンチャー(英文:Keypunch operator)といって、当時は専門職業として尊重された。
ホレリスおよびIBM社の初期のキーパンチ
ハーマン・ホレリスが発明したといわれる記録用カードとキーパンチは、1890年代以降アメリカ合衆国国勢調査局により人口調査に使われてきた。CTR社(後のIBM社)はこの技術を利用したキーパンチと統計機を、1923年から販売してきた。
第二次世界大戦後のIBM社のキーパンチ
第二次世界大戦後、IBM社によりキーパンチが販売され、商用に広く世界的に利用された。日本でも、1950年代から始まったパンチカードシステムから、1970年代にコンピューターシステムの入力が表示装置と磁気メディアに代わるまで、広く利用された。 [1]
IBM 24 - IBM 26
IBM 24穿孔機とIBM 26印刷穿孔機(英文:Printing keypunch)はIBM 80欄カード(英文:IBM 80-column card)用で、1949年に発表されている。カードは右上に30枚ほどスタックできて、カードは下方にフィードされ、中央の穿孔部分で右から左へ、1欄(コラム)ごとに数字0~9またはカード上方のX-Y-Zゾーンも使って英字および簡単な特殊文字が穿孔され、それが終わると左上の部分にスタックされと同時に、右上のスタッカ-から次のカードが自動的にフィードされてくる。IBM 26はIBM 24に比べて、各欄の最上位置に文字が印刷できる。
IBM 56
IBM 24またはIBM 26で穿孔されたカードを検査する目的に、IBM 56検孔機(英文:Verifying machineまたはVerifier)が使われた。
IBM 29
1964年、IBM社の新汎用コンピューターシリーズであるSystem/360の発表に合わせて、IBM 29印刷穿孔機も発表された。穿孔できる文字数が拡張され、1バイトで表現できる文字(EBCDIC文字)の通常使われる特殊文字も含めて穿孔できるようになった。消費電力も少なくなり、キーパンチ独特の騒音も少なくなり、キータッチも軽くなった。
IBM 59
IBM 29穿孔機とともに、IBM 59検孔機が広く利用された。
IBM漢字穿孔機
1971年、IBM漢字システム処理用に、IBM 5924 T01 漢字穿孔機が発表されている。これは上記IBM 29 穿孔機に、12シフトキーの漢字キーボードを着けるなどしたもので、1日本語文字を2欄(コラム)を使って穿孔している。同様な機種は日本だけでなく、韓国と台湾でも発売している。
IBMの96欄カード用
1970年代に、IBMは中小型コンピューターシリーズのSystem/3を発表し、新しく96欄カードを発売し、このために新しい穿孔機も発売している。
日本各社のキーパンチ
日本のコンピューター会社もIBM System/360対抗の電子計算機を製造・販売するに連れて、そのデータ入力のためにより高度なIBM様式80欄カード各種キーパンチを販売した。例えば、日立製作所は「Hitac 8000シリーズ」用に
- H-1562 カード・キーパンチ
- H-1564 カード・キーパンチ(印字付き)
- H-1592 カード・ベリファイヤ
を販売している。[2]
Powers社、Univac社
アメリカ合衆国国勢調査局の職員ジェームズ・パワーズ(James Powers)が人口調査用にパワーズ・キーパンチを開発し、後にレミントンランド社(後のユニシス)と合併した。
レミントンランド社のUnivac部門は自社の90欄カード用、IBM社の80欄カード用のキーパンチ(丸穴)を製造・販売して、これらも日本を含めて世界的に使われた。
キーパンチャー
キーパンチを操作する人を「キーパンチャー」(英文:Keypunch operator)といって、当時は専門職業として尊重された。
参考
- ^ パンチカードシステムとの出会い (当時の様子がとくまとめられている。)
- ^ 日立製作所のカードパンチ(情報処理学会コンピュータ博物館)
関連項目
外部リンク
- パンチカードなどの実物所在地リスト (情報処理学会のコンピューター博物館)
- IBM 29カード穿孔機 (IBMアーカイブ)