アニメ
アニメは、アニメーションの略語。アニメーションを用いて構成された映像作品全般を指す。
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[編集] 概要
各種メディアで提供されるサブカルチャーの1つ。「文化芸術振興基本法」ではメディア芸術、関連法律の「コンテンツの創造、保護及び活用の促進に関する法律」ではコンテンツの1つに定義されており、どちらの法律でもアニメと略されてはおらず、アニメーションと正式表記されている。
テレビ放送用の1話30分の連続作品(詳細はテレビアニメの標準フォーマットを参照)が主流で、劇場鑑賞用の長編作品やDVDなどでのオリジナル作品の比率は低い。題材は幅広く、多種多様なものが使用されている。
単に「アニメ」という場合は、セルアニメーション(セルアニメ)のことを指していることが多い。本項では、主に日本で製作された商業用セルアニメーションについて解説する。
作品に関しては、「アニメ作品一覧」を参照。
[編集] 流通形態
テレビアニメ : 地上波テレビ局、BS局、CS局等での放送用に制作される作品。特殊なジャンルとして深夜アニメ、BSアニメ、CSアニメなどに分類される。
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- 作品に関しては、「日本のテレビアニメ作品一覧」を参照。
アニメーション映画:映画館等での上映用に制作される作品。劇場用アニメーション映画、アニメ映画、劇場版アニメ等と呼ばれる。
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- 作品に関しては、「日本のアニメ映画作品一覧」を参照。
OVA(オリジナルビデオアニメーション): 店舗販売とレンタルビデオ用に制作される作品。VHS、LD、DVD、Blu-ray Disc等で提供される。
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- 作品に関しては、「日本のOVA作品一覧」を参照。
Webアニメ:インターネット配信用に制作される作品。国外では「Original Net Animation」(ONA)と呼ばれる。
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- 作品に関しては、「日本のWebアニメ作品一覧」を参照。
[編集] 語の変遷と普及
- 映画(本編)の前座としてニュース映画と短編アニメが上映されていた。アニメーションだけでなく実写映画に使われる地図、グラフや図表なども描くこともあった。
- 動画はアニメーターの政岡憲三による提唱。1943年、『くもとちゅうりっぷ』(松竹動画研究所)。 1944年、『フクちゃんの潜水艦』(朝日映画社)。1947年『すて猫トラちゃん』(日本動画社)でクレジットされている。
- 商業用アニメの製作工程の名称(動画 (アニメーション))として現在まで使用されている。
1960年代:漫画映画
- アニメーション映画は「漫画映画」と呼ばれている。
1963年:テレビマンガ
- 最初の商業用テレビアニメ番組の『鉄腕アトム』で使用された。当時、アニメーションは映像業界の専門用語であった。
1965年:専門用語のアニメ
- 雑誌「小型映画」、映像制作者向けの専門雑誌。1965年6月号までは主にアニメーションという語を使用しており、アニメという語を使用する場合はアニメーションという語とセットで用いられていた。7月号でアニメという語がアニメーションの略であるという断りなしで初めて使用された。この頃から映像業界内でアニメが一般的になり始めたとみられる。
1968年:アニメート
- 絵本シリーズ『名作アニメート絵話』、偕成社。アニメーションを略したものではなく、animationの動詞形のanimateを日本語読みにしたもの。一般向けにアニメを含む語をタイトルに用いた最初期の例である。
1969年:アニメラマ
1975年:一般的なアニメ及びアニメーション
- 絵本シリーズ『テレビ名作アニメ劇場』、ポプラ社。タイトル名にアニメを使用した最初の書籍とみられる。
- 日本アニメーションが設立され、同社制作の番組内では、毎週、社名の一部としてアニメーションという語が表示されるようになった。
1978年:アニメの普及
- 「アニメージュ」が創刊され、その後数年で誌名にアニメを含む雑誌が相次いで創刊され、急速に普及。1980年頃を境にして、テレビまんが等の表記は衰退したが、2008年においても1960〜70年代のテレビアニメのアニメソングのコンピレーション・アルバム等のタイトルで「テレビまんが」も使用されている。
[編集] anime
ラテン文字のanimationの m の次は a であり e が含まれていないので、animeと略すことは出来ない。アニメーションをアニメと略せる言語は日本語に限られるため、日本国外では、アニメーションはアニメ全般を指し、アニメという場合は日本製の表現様式のアニメに対して用いられる。日本国内では、製作国や作風に関わりなくアニメが使用される[1][2][* 1]。
英語でanimeと綴った場合の発音は「エイニム」あるいは「アニーム」のようになるが、「アニメ」と発音している。animation(英)→アニメーション(日)→アニメ(日)→anime(英)と変化した珍しい例である。世界的にも日本製アニメを示す名詞として広まりつつあり、日本語の読みが名詞として辞書に掲載される例もある。
フランス語には animer(動く)の過去分詞形の animé(アニメ、動いた、動かれた)があり[3]、同用途で英語でもaniméと綴られるため、フランス語由来説も存在する。
- アメリカ合衆国での普及
- 1972年、ビデオデッキが発売されると、1976年2月にはファンサブ(無断で英語字幕をつけた海賊版。著作権違反であり、アニメDVDの販売に悪影響も出ている)活動が始まり、1977年には専門のサークルが活動を開始した。既に日本製ロボットアニメーションを指す語としてanimeという語が用いられていたが、愛好家たちの隠語か専門用語のようなもので、一般には広まらなかった[4]。1991年、The Society for the Promotion of Japanese Animation (略称SPJA)が発足し、翌1992年から毎年「Anime Expo」が開催されると、OTAKU(おたく)が増加するなど[5]、animeは急速に普及していった[6]。ただし、彼らは対価を払ってから視聴する者よりも無料なファンサブなどの海賊版でアニメを視聴している者の方が多い。
- フランスでの普及
- 日本製アニメーションはfr:anime(アニメ)と呼ばれる。英語から輸出される形で移入される。アニメーション(動画)はfr:dessin animé(デサンナニメ、動く画) と呼ばれる。
[編集] ジャパニメーション(Japanimation)
- 北米
- 主に1970-1990年代に使用された日本製アニメーションの訳語。音節的にJapan-animation から Japanimation の略語であるが、Jap(日本人の蔑称)のanimationとも読めるため、日本人と文化に対する差別・偏見と、アニメーションへの偏見から、日本製アニメーションを指して「くだらないもの」あるいは「子供の教育上良くないもの」の意味を含めていた可能性もある。当時、北米に輸出された作品は、文化・習慣・表現規制の違いから、日本的・性的・暴力的な表現は削除されていた。
- また、長期に渡り連続する複数の作品を1作品として編集し、制作者の意向と掛け離れた独自改変された作品を示す事もある[7]。2000年代以降、一部のアニメーション関連のオンラインショップ[8]で使用される場合もある。
- 日本
- 日本国外で視聴されている(人気がある)日本製のアニメーションという意味で、講談社やマスコミ等が『AKIRA』や『攻殻機動隊』などで使用していた。1990年代にはメディア上でたびたび使用されていたが、2000年代以降は一般に普及することもなく廃語となっている。
[編集] 制作工程
作品の制作過程は、大きく分けると3つの工程に別れている。
- プリプロダクション
- 企画書をもとに、スタッフ編成と制作のフローを確定し、脚本・設定・絵コンテなど制作に必要な各種設定など行なう作業。
- プロダクション
- 原画、動画、仕上げ等のアニメーションの作成作業。
- ポストプロダクション
- アフレコ・BGM・効果音を加える音作業やVTR編集などの作業。
さらに詳細な工程を経て制作される。制作会社、作品に投入される各部門のスタッフ数、技術の進歩などにより役職名や工程の違いもあるが、企画から完成までの基本的な工程は以下の通りである[* 2]。
- 企画
- スタッフ編成とワークフローの確定
- 脚本(シナリオ・本読み)
- 設定
- 脚本・原作・企画書を元にして、作品の主要な登場人物キャラクターデザインや舞台背景を設定する美術設定(美術監督)・メカデザイン(メカニカル設定)とクレジットされることが多い。
- 絵コンテ
- 原画(原図・作画・レイアウトシステム)
- 原画マン(原画家、原画担当者、レイアウトマン)と呼ばれる職制が担当する。絵コンテを元に完成画面を想定し背景の構図とキャラクターのレイアウト(画面構成)を作成する。原画作業もペンタブレット等の進化で、デジタル制作に移行している。
- 演出(プロデューサー)は、レイアウトが絵コンテの内容、演出意図との差異を確認、修正指示を入れ作画監督に渡す。
- 作画監督は動きやキャラクターデザインを修正し、画面の統一を図る、作監修正と呼ばれる作業を行なう。
- 動画
- 動画マンと呼ばれる職制が担当する。ラフに描かれた原画の清書作業を行ない、原画の間の絵を描きおこし全ての動きを完成させる作業。中割りとも呼ばれる。
- 動画検査と呼ばれる職制が簡易撮影装置で動画をチェックし、修正を指示する。
- 原画と動画についてはアニメーターも参照。
- 仕上げ(色トレス、彩色、デジタル彩色):色彩設定(色彩設計)の指示・動画に指定されている色指定の通りに着色する作業。
- 背景
- 美術監督は、背景設定となる美術ボードを制作する。原画で指定された背景設定に合わせて、背景スタッフが背景を作成する作業。デジタルアニメも背景は絵の具で仕上げが多かったが、デジタル制作の背景も増えている。
- 撮影:撮影監督が作業を監督し、仕上げと背景を組み合わせる工程。透過光、マルチプレーン・カメラ、多重露光等のエフェクト処理を加える。
- セルアニメ : セル画と背景を撮影台にセットし1コマずつフィルム撮影する。
- デジタルアニメ : 仕上げと背景を合成して映像データにする。アンチエイリアス処理がかけられる。
- 楽曲作成
- 様々な場面に合わせた楽曲BGMを作成する作業。
- 音作業:音響監督は、声優のキャスティングと演技指導、ダビングなどの音響演出を担当する。監督や演出(プロデューサー)等が参加する場合が多い。
- VTR編集
- オープニング、エンディング、CM前後のアイキャッチを組み合わせて完成させる作業。オブジェクトの最終調整、色彩調整も行なわれる。
[編集] 制作工程のデジタル化
1990年代に始まり、1997〜1999年にかけて全面的に移行した。
詳細は「デジタルアニメ」を参照
省力化・コストダウン
- 仕上げ工程:デジタルペイントは訂正が容易で、塗料の乾燥を待つ必要が無く、傷・ホコリなどのセル画の管理の手間も省ける。また画像データとしてネットワークに載せることが可能となり、日本国外などの遠隔地との物流コストや時間が節約が可能となった。
映像表現
- デジタル化により、塗料による使用色数の制限が無くなり、精密なグラデーション表現が可能となった。撮影時にセルの重ね合わせによる明るさの減少が無く、カメラワークの自由度が広がる。エアブラシによる特殊効果や透過光などが特殊処理が簡単に施せる等の利点がある。
- ビデオ出力される為、フィルムとビデオでは映像の質感が異なり、フィルムは柔らかい質感、ビデオはクリアな映像が特徴があり、クリアで明るすぎる発色に違和感もあったが改善されてセルアニメを凌ぐ美しさを持つ作品もみられる。
[編集] 制作業界
アニメ産業と呼べるほどの規模はなく、映像制作の一分野に留まっている。制作工程の簡素化、省力化はデジタルアニメの導入により進んだが、技術向上や発展は個人の技量と熟練度に依存し、技量差が品質に反映される作業が非常に多い労働集約的産業であるが、雇用環境、労働条件等の問題で、国内での人材の確保もままならない状態も恒常的に続いている。
構造的には、建設業の下請け制度に類似する構造を持っており、「大手制作プロダクション(元請け)」→「中堅制作プロ(子請け)」→「零細制作プロ(孫請け)」と段階ごとに制作費の「中抜き(ピンハネ)」が存在するといわれている[9][10]。
[編集] 製作会社
当初は、製作会社が制作工程の全てを担ったがその後、分業化が進み、プリプロダクションの企画・製作会社と、プロダクションの作画・動画スタジオ、美術スタジオ等と、ポストプロダクションの撮影会社、音源制作など制作工程別に作業を請け負う専門スタジオと分業化されている。
また、グロス請けと呼ばれる、1話単位で制作作業を一括受注し制作業務全般を行う制作会社もある。
制作会社と人物の
詳細は「アニメ制作会社」を参照
詳細は「アニメ製作関係者一覧」を参照
[編集] 制作環境
- 収入は、新人で月額で約2~3万円。中堅で約7万5000円~10万円程度といわれ、約25%は年収100万円以下である(日本芸能実演家団体協議会、2008年調査)。平均労働時間は約18時間/日、週2回は深夜業があると言われており、収入面や労働環境などの問題で、1年間で90%が辞めていく状態にある。
- 原画1カット(2000円~3000円程度)・動画1枚(約150円~200円程度)の単価×出来高制の業務委託・請負形式で不採用の場合は0円であるが、作品の商業的な成功、再放送やパッケージ販売の収益が請負金額に反映されることは無い。作画監督は、制作会社の契約社員となる場合もあり、平均的なサラリーマン程度収入が得られる場合もあるが、作品の制作終了と同時に契約解除となる。
- 慢性的な人材不足や経費削減などの事情から、中国や韓国の制作会社に外注されており、日本国内でアニメ制作を支える根底の部分が空洞化している。
- 歌手、俳優など芸能界と変わりない厳しい競争社会である。ある程度の知名度や出演があったにも関わらず、声優業で経済的に自立できずに廃業する声優も少なくない。ベテラン声優の中には収入を補うため、声優事務所の経営、声優の養成所や専門学校の講師、音響監督等の副業も珍しくない。
[編集] 業界団体
日本動画協会( 略称:AJA)
- 日本におけるアニメーション業界の意思統一、関連団体との連携、アニメーション産業の持続的発展を目的とした一般社団法人。
- 声優のマネージメントを行うプロダクションなど事業者が加盟する[11]。
- 声優事業社で組織。[12]。
日本アニメーター・演出協会(略称:JAniCA)
- 2009年12月3日に一般社団法人化した、アニメーター及び演出家の地位向上と技術継承を目的とした一般社団法人。
日本音声製作者連盟(略称:JAPA)
- 2003年4月1日に設立され、「内外関連文化団体との提携及び交流。映像文化発展のための事業」。「業界の社会的地位の向上のための広報活動および出版事業」。「音声製作物に関連する権利の確立及び擁護」。 「再放送使用料」の徴収、分配業務を主な事業内容とした一般社団法人[13]。
- テレビ局や制作会社に対して立場が弱い俳優が、一方的で不利な出演契約を解消を目的として結成された。声優の多くも加盟している。[14]。
[編集] 音楽
作品にはアニメソング、略して「アニソン」と呼ばれる、アニメソング歌手による主題歌・挿入歌・イメージソングが制作され、劇中BGMと共にサウンドトラック(サントラ)盤として販売される。また、作品世界に沿ったドラマCDやイメージアルバムなどを制作する例も多い。
作品テロップでは、オープニング、エンディングのみ、両方でクレジットされる。「音楽制作」「音楽制作/協力」でレコード会社名の場合とレーベル名が表記される場合に分かれている。テレビアニメで、オープニング・エンディングアニメには、スタッフ紹介テロップと別に歌詞字幕が基本的に挿入されることが多いが、年々減少している。1960年代と2000年代作品は歌詞字幕が無い作品の方が多い。
キングレコード、ポニーキャニオン、ジェネオン・ユニバーサル・エンターテイメントジャパンなどの大手レコード会社は、映像制作と音源(主題歌やサウンドトラックなど)制作を自前で一括で行っているが、音源制作は他社と分担する作品も増えている。スターチャイルド(キングレコード)、アニプレックス(ソニー・ミュージックエンタテインメント)、flying DOG(JVCエンタテインメント)、avex entertainment(エイベックス)など専門レーベルを設けて音源制作を行なっている。
- 制作会社一覧
- キングレコード
- JVCエンタテインメント
- flying DOG(旧・ビクターエンターテインメントのアニメ関連事業部)
- ジェネオン・ユニバーサル・エンターテイメントジャパン(旧パイオニアLDC)
- ポニーキャニオン
- Sony Musicグループ
- エイベックス
- avex entertainment(旧avex mode)
- マーベラスエンターテイメント
- 日本コロムビア(旧コロムビアミュージックエンタテインメント)
- ランティス
- ビーイング
- 音楽の作曲家
「アニメ音楽の作曲家一覧」を参照
[編集] パッケージ販売
流通における大きな変革として、1983年、テレビ放送や劇場公開ではなく、OVA作品『ダロス』が登場した。家庭用ビデオデッキの普及により、ビデオソフトの販売とレンタルビデオ店から支払われる使用料により、製作費回収が可能になった結果、登場したビジネスモデルである。玩具メーカーなどのスポンサーの意向によらずに作品制作ができるため、比較的表現の自由度が増す。当初は、60分から90分程度で、1巻完結の作品として制作されたが、後にテレビ局に放送権の販売のため、主題歌込みで24分程度を1エピソードとした数本単位で制作されたものが主流になる。購買層の大多数は特定のファン層(アニメおたく)であり作品の内容は偏っているが、購買層が特定されているため商品化、販売の面において容易である利点がある。
詳細は「OVA」を参照
OVAの流れを受け、放送権料の安い、深夜・早朝枠やケーブルテレビ、独立UHF放送局、衛星放送で、特定のファン層をターゲットにしたテレビ作品が増加した。視聴率は低いため、スポンサー料だけでは制作費回収はできないが、確実に一定数量のビデオ、DVD(後にBDも)及び関連商品が売れるため、製作費は関連商品で回収される。DVDなど関連商品の宣伝に、テレビ放送を利用しているとも言える。
テレビアニメ、アニメ映画、インターネットの普及によって登場したWebアニメなど、ほとんどの作品がパッケージ化され販売されている。ビデオデッキが一般家庭に普遍的な物になる以前の作品もパッケージ化が進んでいる(過去にパッケージ化された作品も、リマスター版を発売する事例も増えている)。パッケージ化作品数はビデオやレーザーディスクが主だった1990年代まではそれほど多くはなかったが、DVDが普及した2000年代以降は飛躍的に増加した。
2000年代後半に入るとハイビジョン制作作品が増加し、BDレコーダーやBDプレーヤーの普及と共に、BD・DVDを併売する作品が増加傾向にある。
「テレビアニメ#パッケージ販売」も参照
[編集] 公式サイト
インターネットの普及と共に、ほとんどのアニメ作品は公式サイトを設置し宣伝をする形態をとっている。内容は全体的な概要、予告編やPVなどの宣伝素材の無料配信、関連商品のPRなど。携帯電話用コンテンツを提供している場合もある。
制作TV局や、制作会社のウェブサイトの一部としての場合が多かったが、最近では作品毎に独自のドメイン名を取得し、制作会社が管理する独立サイトとして設置するケースも多くなっている。ブロードバンド環境の普及により、作品自体の配信を行なっている場合もある。
[編集] 国の政策
- 文化芸術振興基本法
2001年12月7日施行。「映画、漫画、アニメーション及びコンピュータその他の電子機器等を利用した芸術」をメディア芸術と定義し、振興を図るための施策を行なうようになった。
- コンテンツの創造、保護及び活用の促進に関する法律(コンテンツ法)
2004年5月、アニメーションや漫画など、コンテンツ産業の保護・育成に官民一体で取り組むための法律が成立した。
メディア芸術の創造と発展を図ることを目的に、文化庁とCG-ARTS協会が主催の祭典。1997年以降、毎年実施されている[15]。
- 若手アニメーター育成プロジェクト(略称:PROGECT A)
文化庁の若手アニメーター等人材育成事業の委託をうけた、日本アニメーター・演出協会(JAniCA)が2010年(平成22年)より実施しているアニメーターの人材育成事業。
[編集] 博物館・美術館
漫画やアニメ作品のセル画やフィルム、原画を展示する博物館・美術館。ミュージアムショップを設置したりアニメの様々なイベントや国際アニメーション映画協会(ASIFA)公認の映画祭、インディーズのアニメーション映画祭などを開催している所もある。著名なアニメ作品やマンガの原作者の生誕地などに、地域おこしの拠点として整備されることも多い。
「マンガ・アニメミュージアム」を参照
[編集] 見本市・映画祭
東京都と日本動画協会等のアニメーション事業者団体で構成される「東京国際アニメフェア実行委員会」が主催の国内アニメ業界最大の見本市。2002年から、毎年3月末頃に東京ビッグサイトで開催されている。アニメ作品や関係者を表彰する「東京アニメアワード」の表彰式が行われている。
1960年にカンヌ国際映画祭からアニメーション部門を独立した、国際アニメーション映画協会(ASIFA・en:International Animated Film Association)公認の国際アニメ映画祭。その他に、広島国際アニメーションフェスティバル、オタワ国際アニメーションフェスティバル、ザグレブ国際アニメーション映画祭を含めて、世界4大アニメーションフェスティバルと称されている。フレデリック・バックの『木を植えた男』などがグランプリを受賞している。
併設で世界最大規模のアニメーション見本市、MIFA(Marché international du film d'animation)が行なわれている。映画祭開催期間中の3日間で、世界約60ヶ国のアニメ関係者が参加している。
[編集] 表現の自主規制
アニメ映画では「映画倫理委員会」、テレビアニメでは、放送事業者が自主的に放送基準・番組基準(放送コード)を定めて運用することが電波法、放送法で規定され、民放連加盟会員各社による任意団体「放送倫理・番組向上機構」(BPO)による自主規制がある。
OVAやWebアニメには、自主規制に関する法的規定や任意団体などは存在しないが、放送権販売の為にテレビアニメ・映画と同等程度の自主規制が行われている。アダルトビデオに類するアダルトアニメ作品は「日本ビデオ倫理協会」の審査を受けている。
テレビアニメのパッケージ化販売には自主規制が無い為、お色気や流血など刺激の強い表現をテレビ放送で規制したものを本来の状態に戻す、より過激な映像の追加や差し替え等が行われているものもある。
[編集] 歴史
1963年1月1日、日本初の商業用連続テレビアニメ(週一アニメ)番組『鉄腕アトム』の放送開始。他の国のアニメーションと異なる方向に発展を遂げることになる。
詳細は「アニメの歴史」および「アニメーション映画#歴史」を参照
[編集] 特徴
『鉄腕アトム』の制作を指揮した手塚治虫は、技術的、制作費用の面で実現困難と言われていた、連続テレビアニメを独自のスタイルで実現した。その制作手法やビジネスモデルは、その後の日本スタイルのアニメーション制作の基本形となり、引き継がれている。
制作手法と表現においては、制作費用がかかるフル・アニメーションによらずに作品を成立させるための工夫や技術を数多く考案した。
『鉄腕アトム』が、日本のアニメ文化を牽引したのは間違いないが、後々に至るまで制作費が安く抑えられる状況を作り出した原因か否かで議論になっており[16]、宮崎駿もこのことを批判している[* 3]。
著名な監督の作家性が強く反映されるアニメーション映画に多額の予算を組み、大人数のスタッフを投入したクオリティの高い作品が制作される一方、低予算で制作されるテレビアニメもあるという点は現在でも変わっていない。
[編集] 物語的側面
アメリカでは、レイティングなど規制が厳しく子供向けのギャグなどの解り易い作品が多いが、日本では『鉄腕アトム』頃から漫画文化と密接な関係を持ち、複雑で多様な物語である場合が多い[17]。
[編集] 技術的側面
リミテッド・アニメーションが主流で、ウォルト・ディズニー・カンパニー等のアニメーション作品に見られるフル・アニメーションは、少数派である。映画等と同様に24コマ/秒で撮影されるが、動画は、同一画で3コマ×8/秒の撮影となる。静止場面では、同一画で24コマ/秒の撮影となる。テレビ放送用の作品は演出により、1話ごとにセル画の使用量が決められている。
部分アニメ:「口パク」とも呼ばれる。同一人物の口、目、手、足などを部分別のセル画にして、撮影する手法で多用される。最近では口だけではなく、あごなども動かすようになっている。製作の手間を省くだけでなく、静止との対比で動きが鮮明になる。
バンクシステム:動画を繰り返して使用する技法。連続作品あらすじの説明、ロボットアニメの合体、魔法少女等の変身、主人公などの台詞シーンで使用される。背景画を差し替え、全く別の場面として使用することもある。
止め絵:競技場の観客席やパーティ会場や街中の雑踏など、人が多く賑やかな状態を演出するために使われる。静止画が使われる場合も多い。出崎統がよく使用する。
動線、集中線、漫符:漫画の技法が多様される。
カメラワーク:セル画を、上下左右に背景の上でスクロール(パン)させる技法や、「引き絵」と呼ばれる、カメラのズームによる演出(実際は、固定カメラの下で絵の方を引っ張る)。作画枚数の節約になり、演出意図を明確にする技術である。
[編集] 商業的側面
ウォルト・ディズニー・カンパニーの販売戦略を真似たとも言われるが、それとは別の道を歩むことになった。
通常のテレビ番組並の予算はスポンサーから提示されるが、明らかにアニメ制作で、不足すると分かっている制作費で番組制作を請け負い、不足部分を本業の漫画の原稿料、再放送と日本国外への輸出、アニメキャラクターの版権の商品化権を玩具・文具・菓子メーカーに販売する事で、制作資金回収を行うシステムが誕生し後々まで続くことになる。
『鉄腕アトム』の成功を受け、1960年代から数多くのアニメーション制作スタジオが設立され、制作される作品は増加した。
[編集] 輸出
日本での商業用アニメーションのテレビ放送と同時に、制作費を短期間で回収するため、安価で多くの国へ輸出する販売戦略がとられた。日本国内で流通を前提に制作されていたものを輸出するため、輸出先の国内法や文化的事情で内容に大きな改変が行われる場合が多い。また、スタッフ名等は書き換えられ、視聴者が日本製であることを知らない場合もある。また著作権ごと(放棄した)契約で販売された作品もある。アメリカでは、『超時空要塞マクロス』・『超時空騎団サザンクロス』・『機甲創世記モスピーダ』の3作品をハーモニーゴールド USA 社(Harmony Gold USA)が翻案した『ロボテック』が制作され、さらに他国に輸出された事例も存在する[18]。
世界的な多チャンネル化でソフト不足の中、日本アニメは安さで世界各地に広がった[19]。現在では、北米、南米、ヨーロッパ、南アジア、東アジア、ロシア、オーストラリアなど全世界に及び、総務省の調査(2005年度)によるテレビアニメの輸出額は、国内のテレビ放送権料の412億円の15分の1程度、26億円から28億円の規模である[20]。輸出金額では過半数を北米向けが占めるとも言われる。日本貿易振興機構は、地域、国別にコンテンツ調査しており、その中にアニメに関する統計や傾向などのレポートがある[21]。
[編集] 輸出の歴史
1961年 : 東映動画(現:東映アニメーション)の初期長編作品がアメリカへ輸出される。大川博が「東洋のディズニー」を目指し設立した東映動画は当初から国際市場を意識していた[22]。
1963年 : テレビアニメとして、初輸出された『鉄腕アトム』は、放送開始から8か月後に、アメリカのNBC系列のNBCエンタープライゼスによって、全米ネットワークでなく番組販売される形で放送された[23]。続く『ジャングル大帝』は初めからアメリカ市場を意識して人種差別等を考慮して制作された[24]。
1970年代前半 : テレビアニメの輸出が一般的になり、最初は香港と台湾向けに始まり[25]、北東アジア圏、東南アジア圏で放送されるようになる。
1970年代後半 : 最初はイタリア、次いでフランスに向けに始まり、1980年代にかけてヨーロッパに大量に輸出される。その背景には、ヨーロッパにおける、テレビの多チャンネル化による需要と、日本製の作品が廉価で、本数の多さがあった[26][27]。東映動画が制作したテレビアニメのうち全体の3分の2はヨーロッパ向けで、特にフランスとイタリア向けが多かった[28]。アメリカ、アジア圏同様、内容が改変されることもあった。
1980年代 : 中華人民共和国で放送される[29]。現在、香港、タイ、台湾などでは、ほぼ1週間程度の差で日本で放送のアニメ作品が放送されている。
[編集] 日本国外の評価
「セクシャルと暴力」と認識されることが多い[30][31]。
文化の違いとして、『ドラえもん』など日本の生活風景が出るものや、『ベルサイユのばら』など特定の国を扱ったものは、受け入れられるかどうかは国によって大きく異なる。『ドラえもん』は、ヒーロー的な男性を尊ぶ北米では受け入れられず放送されていないが、東南アジア圏では教育的であるとさえ言われた。
東南アジア圏では性的な表現を除き、日本文化的な表現も受容されつつあり、再評価されている。好まれる作品は日本と大して変わらない。また『超電磁マシーンボルテスV』のように、特定の国で一部の人物の間(ファン)の中でヒットする作品も存在する。またキャラクターの人気も国によって異なる。
[編集] 日本国外の規制等の事例
フランスでは、1983年にジャック・ラング文化相が文化侵略だと公言し、自国のアニメーション製作者へ助成金を出すことになった[32]。1989年には『キン肉マン』、『北斗の拳』が残酷だとバッシングされ放送中止となった。『聖闘士星矢』は暴力シーンをカットし世界中で放映されヒットし、アメリカを除き、ヨーロッパやメキシコ、南米で根強い人気がある[33]。
フランスでは、放送局は欧州製の番組を6割以上放送することを義務付けたクォータ制度があり、残りの4割の中でアメリカのアニメと日本のアニメが放送されている[34]。
EU加盟国では、ヨーロッパ製の番組が放送時間の50%以上になるように放送局に義務付けた「国境なきテレビ指令」を1997年にEU理事会が出してからは、外国製アニメの新規放送が難しくなっている。
ニュージーランドでは『ぷにぷに☆ぽえみぃ』は、登場するキャラクターの容姿が幼児に見え、幼児性愛好者を増長させているとされ、政府機関により発売禁止処分を受け、所持が確認された場合、児童ポルノ禁止法違反により罪に問われる。北米やオーストラリアなど多くの国でそれに準じた処分が行なわれている。
中国では、2006年に海外アニメの輸入・放送に関して、国産アニメの放送がアニメの放送全体の7割を下回ってはならない、国産アニメを制作した機関は国産アニメを制作した時間と同じ分まで海外アニメを輸入できる、17時から20時まで外国アニメーションの放送を禁止などいくつかの規定を定めた[35]。日本作品の放送シェアが8割を超えるのは、ダンピングによる日本の文化侵略であるとして締め出しを行なった。同時に、自国のアニメーション産業の保護と育成に乗り出した[36]。
インドでは、日本でも問題視された子供を中心とした社会現象が起きており、『クレヨンしんちゃん』を放送禁止処分にする動きがある[37]。
以上のような事例から見ても、世界的に受け入れられているとは必ずしも言えない。[38]。
[編集] 批評・研究
1917年の「活動之世界」9月号掲載の幸内純一の作品批評が、日本における初のアニメーションに関する批評とされる。以後、アニメーションの批評は「キネマ旬報」「映画評論」などが主要な発表の媒体となり、新作の批評という形で行われてきた。1950年代に東映動画が設立され、年に1作のペースで長編作品が定期的に制作されるようになると、「朝日新聞」などの映画欄でも扱われるようになった[39]。
1977年には山口且訓と渡辺泰の共著による『日本アニメーション映画史』が刊行される。日本アニメーション史の基本文献として参考資料として挙げられることが多い。日本国外のアニメーションやアートアニメーションの評論については、1966年に『アニメーション入門』を著した森卓也やおかだえみこ等が活動していた[40]。『日本アニメーション映画史』『アニメーション入門』のいずれも『映画評論』誌の連載をまとめた単行本であった。
1970年代末にアニメブームが到来し、アニメ雑誌が多数創刊される。同人誌活動していたアニメファン出身のライターの力を借りて誌面を構成していた[41]。氷川竜介、小黒祐一郎、原口正宏、霜月たかなか、中島紳介らは学生アルバイトに始まり、2000年以降も活動している[42]。「アニメージュ」はクリエイターの作品歴を系統的に紹介することに力を入れ[43]、「アニメック」と「月刊OUT」においては、評論記事と読者投稿による作品評論が一つの売り物になっていた[44][45]。
批評と研究を中心とした専門誌には、1998年創刊の「動画王」、1999年創刊の「アニメ批評」、2000年創刊の「アニメスタイル」などがあったが短命に終わり、「アニメスタイル」はインターネットに活動の場を移した。
「月刊ニュータイプ」が登場した1980年代半ば以降、アニメ雑誌はクリエイターや作品研究などの記事から、キャラクターやグラビアを重視した作りに軸足を移していき、アニメ評論を積極的に掲載するアニメ雑誌は基本的に存在しなくなっている[46]。その一方、宮崎駿や押井守の活躍、『新世紀エヴァンゲリオン』がビジネスとして話題になるようになった1990年代から、人気作品や人気クリエイターを中心にした研究本は、継続的に発行されるようになった[47]。
1998年10月、日本で初めてのアニメの学術的研究を趣旨とする学会「日本アニメーション学会」が設立された[48]。
[編集] 周辺文化とアニメ化
アニメと、漫画・ライトノベル・アニメ雑誌・アニラジ・ゲームソフト・フィギュア(玩具) は、販売戦略上不可分な密接な関係にある。
[編集] 漫画
アニメはテレビまんが等と、呼称された時代もあり、漫画とアニメは混同されたり同一視されていた。漫画の人気作品が原作のアニメ作品は多い。
作品に関しては
を参照。
[編集] ライトノベル
「Light」と「Novel」を組み合わせた和製英語。主に表紙や挿絵にアニメ調のイラストを多用している若年層向けの小説で文庫本の判型なものが主流となっている。
ライトノベル原作のアニメ化、漫画化、映画化、ゲームソフト化、フィギュア化等が行われている。また、ゲームソフト、アニメ、漫画、映画等が原作となるノベライズも行なわれている。
詳細は「ライトノベル」を参照
作品に関しては「ライトノベルのアニメ化作品一覧」を参照。
[編集] アニメ雑誌
1977年、成年向け雑誌「月刊OUT」が『宇宙戦艦ヤマト』特集を掲載し、大ヒットとなり、これがアニメ誌に発展する契機となった。当時、幼年向けのテレビ情報誌「テレビランド」を発刊していた徳間書店はテレビランド増刊『ロマンアルバム・宇宙戦艦ヤマト』を創刊し40万部を記録。この成功を受けて、月刊アニメ雑誌「アニメージュ」が刊行される。
その後、『機動戦士ガンダム』に続くアニメブームの間に、他数の出版社の参入と淘汰が繰り返され、10日売りアニメ雑誌と称される総合誌は「アニメージュ」「アニメディア」「月刊ニュータイプ」の三大誌となった。
詳細は「アニメ雑誌」を参照
[編集] アニラジ
「アニメラジオ」の略称。アニメ・ゲーム・漫画・ライトノベル・声優等のオタが主な聴取対象のラジオ番組。1979年10月、ラジオ大阪『アニメトピア』を皮切りに、多くは深夜番組として放送されている。
黎明期にはアニメ雑誌やレコード会社による総合情報番組が多かったが、アニメやゲーム、漫画、小説(ライトノベル)などを原作にしたラジオドラマ番組、人気声優のパーソナリティ番組、アニメソングやゲームミュージック専門のリクエスト番組、アニメに関する話題をリスナーから募集して討論する番組など多岐にわたるようになっている。
詳細は「アニラジ」を参照
[編集] アイドル声優
アテレコを担当するのみでなく、歌手としても活動する一部の声優には熱心なファンが存在する。また作品のタイアップ企画として、声優ユニットが組まれることもある。キャラクターソング、キャラソン等と呼ばれ、登場人物の名(役名の歌手も参照)で発売される場合もある。
ファンを対象にした大規模なライブも度々開かれ、イベントやCDなどが数多く企画され、ファンは有料イベントに必ず参加する。また、ファンとしての応援行為で、アキバ系アイドルや声優などのコンサートや路上パフォーマンスといったイベントの場ではオタ芸も見られる。
特にCD、DVDを必ず購買するという行動は、現在のアニメを支えている。
詳細は「アイドル声優」を参照
[編集] フィギュア(玩具)
テレビアニメの開始時から深い関係にあり、子供の興味を引く可動・合体・変形などの仕掛けがある手に取って遊べる玩具になる物を、主役として登場させる事がスポンサー要望であり作品設定に影響を与えていた。素材は年代によりブリキ製、ソフトビニール製や超合金 (玩具)等の違いがある。
1970年代後半、従来の玩具と異なる組み立て式の模型の一種のプラモデルや、消しゴムとして用を成さないカプセルトイ(ガシャガシャ、ガチャポンなど呼ばれていた)商品展開が行なわれた。バンダイを模型業界のトップに押し上げた日本プラモデル史上最大のヒット商品のガンプラや、キン肉マン消しゴム(通称、キン消し)等のヒット商品が登場した。
1980年代、『機動戦士ガンダム』に続く、リアルロボットブームの中で、玩具の主力商品はプラモデルとなり積極的な商品展開が行われるも、ガンプラブームを越えることも無く、また『蒼き流星SPTレイズナー』はプラモデルの販売不振でメインスポンサーが撤退し放送打ち切りされるなど、ブームは終了する。
1984年12月、ゼネラルプロダクツ(ガイナックスの前身)主催のプロ・アマを問わない、後に世界最大のガレージキット、模型、造形物の展示販売の最大イベントとなる、「ワンダーフェスティバル」(略称、「ワンフェス」「WF」)が開催され、主要玩具メーカの撤退に合わせるように、同人誌の即売会的な手作り模型の展示販売会のイベントが開催され、プラモデル化しても採算に合わないとされていたものが徐々に浸透していくようになる。
1990年代、高価で組み立てや塗装に高度な技術と労力を要する、ガレージキットの中で、アニメに登場する美少女フィギュアの完成品がアニオタの間で高額で取引されるようになる。また、海洋堂の精巧で安価な食玩から始まったフィギュアブームよりコレクションの対象となった。販売促進のため書籍・ゲームソフト・DVDなどの付録や購入特典に付属する場合もある。
玩具商品のアニメ化作品
玩具の商品企画が原案(原作)でアニメ化された例では、『トランスフォーマー』・『ゾイド』・『超特急ヒカリアン』等がある。
[編集] トレーディングカード
ゲーム・鑑賞用のコレクションカード。1990年代末-2000年代初頭に発生した社会現象のトレーディングカードブームで普及し「トレカ」と略されることも多い。アニメ・マンガ等の関連商品としてはめんこと呼ばれる時代から存在する
詳細は「トレーディングカード」を参照
ゲーム専用カードを用いたカードゲームはトレーディングカードゲーム(略称、TCG)と呼ばれる。通常は対戦形式の2人プレイのものが多い。
詳細は「トレーディングカードゲーム」を参照
[編集] ゲームソフト
アーケードゲーム、コンシューマーゲーム(家庭用ゲーム機)用のプログラムを記録した物理的メディア (媒体)(詳細はゲームソフトも参照)、オンラインソフトウェアで提供されるコンピュータゲームのソフトウェア。
1983年、後に社会現象となる大ヒット商品のファミリーコンピュータが発売され、プラモデル等の玩具の販売不振に喘ぐ玩具メーカーは、主要商品を家庭用ゲーム機とゲームソフトの開発に移行する。過去の人気作品で、ゲームソフト化が比較的容易なシューティングゲーム(1985年 、『宇宙戦艦ヤマト』)、対戦型格闘ゲーム(1985年、『キン肉マン マッスルタッグマッチ』)、ウォー・シミュレーションゲーム(1987年、『SDガンダムワールド ガチャポン戦士』)等から商品展開が行われた。
詳細は「キャラクターゲーム」を参照
後に、ロールプレイングゲーム・アドベンチャーゲームが原作でアニメ化される作品も登場する。
作品に関しては
を参照。
[編集] キャラクターグッズ
詳細は「キャラクター」および「キャラクターグッズ専門店」を参照
[編集] 実写作品のアニメ化
実写作品の企画が原作(原案)で、アニメ化された作品では、『月光仮面』・『愛の戦士レインボーマン』・『ザ☆ウルトラマン』等がある。
[編集] アニメ作品の実写化
アニメ作品を、実写映画・テレビドラマ化する事(詳細は「実写」を参照)。
アニメ企画が原作(漫画等の原作が無い)で実写化作品は、国内では、2004年、『CASSHERN』(『新造人間キャシャーン』)。2009年、『ヤッターマン (映画)』。2010年、『SPACE BATTLESHIP ヤマト』(『宇宙戦艦ヤマト』)が、国外では、2008年、『スピードレーサー』(原作:『マッハGoGoGo』)などの映画化がある。
作品に関しては
を参照。
[編集] おたく文化
1970年代後期:アニメファン
- テレビアニメは子供ものであり、アニメを好んで見る青年層がいることは知られていなかった。1977年8月、映画版『宇宙戦艦ヤマト』公開日に徹夜で並ぶファンの特異な行動をきっかけに、新聞等が話題として取り上げ、青年層に、アニメを好んで見る趣味者がいることが一般にも知られ始めた。多くは中学生・高校生であった。『宇宙戦艦ヤマト』公開の翌年にアニメ雑誌が創刊され、雑誌の文通コーナーなどを通じて連絡が可能になると、多数のファンクラブが誕生した。
- 特にアニメを嗜好する者を「アニメオタク」、省略して「アニオタ」呼ぶ。「アニヲタ」と表記されることもある。
- ファンブックを自作するという趣味を持つ者の自費出版が始まり、アニメとの繋がりの深い「マンガ」や、他の様々なオタク文化を巻き込み成長するが、コミックマーケット(コミケ)などの同人誌即売会や、専門書店等の委託販売で商品化が進んでいる(詳細は、同人誌#漫画・アニメ系同人誌を取り巻く状況と問題点を参照)。
- 同人誌で見られるイラストの代表的な手法として、輪郭や境界線をはっきり線で描き、色や影のグラデーションを単純化させ段階的に表現するアニメ絵(萌え絵)がある。また萌え擬人化と呼ばれる動植物・無生物・概念等を人間の姿に置き換えて萌えと結びつける擬人化キャラクターで名前には「〜たん」がつくことが多い。主に同人誌で見られた手法だが商業ベースの作品も発表されている。
- アニメなどの登場人物のキャラクターに扮する行為。コスチューム・プレイを語源とする和製英語で、行う人をコスプレイヤー (Cosplayer) と呼ぶ。日本SF大会の仮装パーティーや同人誌即売会等で行われていたが、単独イベントも開催され、自主制作のコスプレ写真集がコミックマーケットや、同人誌専門店で販売されている。
- 聖地巡礼(詳細は巡礼 (通俗)を参照)
- 詳細な現地ロケによる映像演出と世界観を設定する作品の登場と共に小説、映画、TVドラマ等の舞台を巡るロケ地巡り、舞台探訪などと同様の行為が始まった。異なる点としてキャラクターのコスプレで現地を訪れるファンの存在がある。
- ロケ地(「聖地」)を特定したファンがその場所を訪問(巡礼)し、現地の写真と劇中の場面(コスプレの場合、劇中の登場人物と同じポーズ)と比較する形でインターネットのファンサイト等で公開、また同人誌形式のガイドブックが制作され同人誌即売会で頒布される等の形で広まった。
- 実写映画のロケ地とは違い、映像作品として使用された認識の無い一般住宅や学校等が含まれる事も多く、日常生活に不安が発生する可能性は否定出来ないため、発行元が聖地巡礼の自粛のお願いをした例もあるが[49]作品に付随し発生するため、広告費が不要で観光需要が上がるため観光振興の一助としての期待も大きく、アニメ、漫画のロケ地の誘致活動に力をいれる自治体もある。
- 痛車(いたしゃ)
- 別名「萌車」とも呼ばれる。萌えアニメ、漫画、ゲーム(アダルトゲーム・ギャルゲー)のキャラクターや関連する製作会社・ブランド名のロゴのステッカーを貼り付けや塗装を行った自動車。バイクは「痛単車(いたんしゃ)」、自転車は「痛チャリ(いたチャリ)」と呼ばれる。2008年、青島文化教材社がプラモデルの発売と商標登録に出願、同年6月27日に登録された。ファンが自車に趣味的に行なうもので、メーカーによる販促活動、宣伝用のラッピング車両は含まない。痛車オーナーの増加に伴いコミュニティも形成された。
- MADムービー(アニメMAD)
- 「MAD」とも呼ばれる。既製のアニメ作品を編集・合成し、再構成した二次創作映像。
- 1970年代末頃にはカセットテープ編集の音声MAD、その後ビデオテープ編集によるMADビデオが、同人誌と同様の経路で流布されていたが、パソコンの性能向上により動画、画像、音声処理が容易になり、またインターネット環境の向上によりFTPやP2Pファイル共有ソフト、動画共有サイトYouTube・ニコニコ動画へのアップロードに移行し広まった。
- 秋葉(あきば)・アキバの略称で呼ばれる、オタクの聖地。オタクの別称として秋葉系(アキバ系)と言われることもある。
- 元々、一般では通常取り扱わない電子部品の専門店、アマチュア無線、オーディオと輸入音楽版ソフト専門店等、マニア的な面もあったが、1990年代の自作パソコンユーザの増加と共に自作用PC/AT互換機パーツ取扱店が林立し、同時にパソコン用ゲーム・アニメオタク向けのゲームソフトウェア専門店も合わせて増加する。
- ゲーム・アニメオタの増加に合わせるように、アニメ・ゲーム・声優関連に特化したアニメショップ、同人誌販売店やコスプレショップ、コスプレ系飲食店、フィギュアの販売・委託販売店等も増加し、休祝日の歩行者天国ではインディーズ系バンドやアキバ系アイドルのストリートパフォーマンス、メイド喫茶などのビラ配りなどを取り囲む歩行者やカメコ(カメラ小僧の略)の輪が出来るなどの光景も見られるようになった。
- 「にちゃん」「2ch」などの略称で表記される、1999年5月30日に西村博之が開設した「ハッキングから今晩のおかずまで」というキャッチフレーズの通り幅広い分野を扱う日本最大の電子掲示板サイトの中、現存する最古の板の1つでアニメの話題全般を扱っていたが、アニメ板は分割され細分化が進んでいる。
- アニメ雑誌やファンクラブの会報などの投稿欄や文通など情報交換が限られる時代から、ネット上で簡単に不特定多数の相手と、リアルタイムで双方向で情報交換が可能となる情報革命の先駆け的な電子掲示板でもあった。
- その後、個人が手軽に情報発信できるブログ、ソーシャル・ネットワーキング・サービス、Twitterなどが登場し、掲示板系のサイト全般で利用者は減少傾向にある。
[編集] 脚注
[編集] 注釈
- ^ アメリカのディズニー製作作品も日本では「ディズニーアニメ」と呼ばれ、講談社ディズニーアニメブック、偕成社ディズニーアニメ小説版など、ディズニー公認の絵本やノベライズ版にも「アニメ」が使用されている。
- ^ 『ボンバーマンジェッターズ』 シナリオ打ち合わせ アニメ ボンバーマンジェッターズ 制作現場レポートとテレコム・アニメーションフィルムのアニメ業界の基礎知識〜アニメーションの制作の流れ〜、アニメーション産業に関する実態調査報告書(PDF)-2009年1月,公正取引委員会を元に記述している。
- ^ 詳細は宮崎駿を参照
[編集] 出典
- ^ 津堅信之『日本アニメーションの力 85年の歴史を貫く2つの軸』NTT出版、2004年、p20
- ^ 津型信之『アニメ作家としての手塚治虫 その軌跡と本質』NTT出版、2007年、p.20アニメ!アニメ!の勝手な用語集 第1回アニメとアニメーションの違い アニメ!アニメ! 2008年2月17日
- ^ 例としてドビュッシーのピアノ曲「映像」第3曲「ムーヴマンmouvement(動き)」冒頭のテンポ指示が「トレザニメtrès animé(とても動いて)」など。
- ^ フレッド・パッテン(Fred Patten)による。
- ^ Dictionary.com-Otaku
- ^ Dictionary.com-Anime
- ^ キネマ旬報1995
- ^ 例としては、[http:/www.japanimation.com/ japanimation.com]など。Anime Oxide
- ^ 第14回 日本のアニメーション産業は大丈夫か? (2006/10/16) http://www.nikkeibp.co.jp/style/biz/feature/tv_iibun/061016_14th/
- ^ 第15回 アニメ産業に忍び寄る暗い影とは (2006/11/07) http://www.nikkeibp.co.jp/style/biz/feature/tv_iibun/061107_15th/
- ^ 日本芸能マネジメント事業者協会。
- ^ 日本声優事業社協議会 。
- ^ [1] 。
- ^ 協同組合日本俳優連合 。
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- ^ ROBOTECH.COM(公式サイト):タツノコプロとハーモニーゴールド社とのライセンス契約上の問題により、オンラインショップの発送先に日本は選択できない。
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- ^ 「中国コンテンツ市場調査(6分野) 2009年版(2009年10月)」http://www.jetro.go.jp/industry/contents/reports/07000133
- ^ 遠藤誉(2008)、p.67,91.196,206
- ^ 「「しんちゃん」インドでTV放映中止? 子供への影響懸念」http://animeanime.jp/biz/archives/2008/12/post_507.html
- ^ web SPA! 「日本のマンガ、実は世界でウケてない!」http://spa.fusosha.co.jp/feature/list00000686_2.php
- ^ 津堅信之『アニメーション学入門』平凡社新書、2005年、pp.108-110
- ^ 津堅(2005)、pp.110-111.
- ^ 米沢嘉博「マンガと同人誌のささやかな饗宴」『別冊宝島358 私をコミケにつれてって! 巨大コミック同人誌マーケットのすべて』宝島社、1998年pp.44-45.
- ^ 津堅(2005)、pp.111-112.
- ^ 押井守「消息期には終息期のテーマがあるはずです 『アニメージュ』創刊200号に寄せて」『アニメージュ』1995年2月号
- ^ 小牧雅伸『アニメックの頃… 編集長ま奮闘記』NTT出版、2009年、p.83
- ^ 岡田斗司夫、山本弘、小巻雅伸「オタクの歴史徹底大研究」『空前絶後のオタク座談会1 ヨイコ』音楽専科社、2001年、p.57
- ^ 藤津遼太『「アニメ評論家」宣言』扶桑社、2003年、pp.277-278
- ^ 津型(2007)、p.179
- ^ 日本アニメーション学会公式サイト
- ^ 苺ましまろ:月刊コミック電撃大王2006年3月号
[編集] 参考文献
[編集] 書籍
- 山口康男 『日本のアニメ全史』 テンブックス、2004年。ISBN 978-4886960115。
- 大野茂 『サンデーとマガジン』 光文社新書、2009年。ISBN 978-4334035037。
[編集] 外部リンク
-
dictionary.reference.com. “dictionary.com-anime” (英語). 2009年7月31日閲覧。
-
dictionary.reference.com. “dictionary.com-OTAKU” (英語). 2009年7月31日閲覧。
[編集] 関連項目
[編集] 外部リンク