郵便学

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郵便学(ゆうびんがく)とは、切手などの郵便資料から、国家や地域のあり様を読み解こうとする学問である。いわゆる郵便制度の研究もその一部に含まれるが、文献学や貨幣学などに対応する学問的手法として、既存の切手・郵便史研究の蓄積を地域研究または歴史研究などの分野に活用することで対象をよりリアルに再構成することを目指したものという色彩が強い。

欧米語のフィラテリー(英語表記だとphilately)は、日本語では郵趣と訳されることが多く“趣味の切手収集”と同一視されがちである。しかし、本来、欧米語のフィラテリーの概念には、いわゆる趣味の切手収集のみならず、切手の研究や切手にまつわる評論・論説、展示、真贋の鑑定、売買など多種多様な内容が含まれている。このため、フィラテリーの持つ学術的な側面を“趣味の切手収集”と区別することを目的に、1998年ごろから内藤陽介が郵便学の用語を使いはじめたのが最初と考えられている。

2002年に内藤が発表した『「郵便学」宣言!』(講談社『本』2002年12月号所収)などをもとに、その基本構想をまとめると、以下のようになる。

基本構想[編集]

メディアという語を「情報伝達などの媒体」と定義するなら、郵便はきわめて興味深いメディアといえる。通信手段としての郵便は、それじたい、メディアの一形態だが、郵便に使用される切手や消印なども、本来の郵政業務とは別の次元においてメディアとして機能しているからである。

そもそも、切手は原則として国家が発行するものである以上、政府が切手を通じて、自己の政治的正当性や政策、イデオロギーなどを表現しようとするのは極めて自然なことである。たとえば、多くの国は、戦時には国民の戦意昂揚をねらった切手を発行するし、オリンピックなどの国家的行事に際しては、記念切手を発行する。また、歴史上の事件や人物が切手に取り上げられる場合、そこには発行国の歴史観が投影される。

たとえば、2004年1月、韓国は「独島の自然」と題する切手を発行し、日本が領有権を主張している竹島が自国の領土であると内外にアピールし、両国の間で政治問題化した。この事件は、切手という国家のメディアにおける歴史観の表現という問題を考える上できわめて興味深いものである。

また、切手の使用面にも着目すれば、消印の地名から切手の使用地域を特定し、発行国の実際の勢力範囲を特定することが可能となる。また、外国郵便では、相手国の切手の有効性は相手国そのものの正統性を承認することと密接に絡んでおり、非合法とみなされた政府の切手の貼られた郵便物は、受取を拒絶されたり、料金未納の扱いをされたりする。また、郵便物の運ばれたルートやその所要日数、検閲の有無などから関連地域についてのより深い知識を得ることもできる。このような場合、郵便活動の痕跡そのものが、その地域における支配の正統性を誇示するためのメディアとして機能していると考えてよい。

切手・郵便物の読み解き方は他にもある。

すなわち、印刷物としての切手の品質は発行国の技術的・経済的水準をはかる指標となるし、郵便料金の推移は物価の変遷と密接にリンクしている。そして、こうした切手上に現れた経済状況や技術水準についての情報もまた、その国の実情を、切手の発行国が望むと望まざるとに関わらず我々に伝えるメディアとなっている。

このように、切手を中心とする郵便資料は、さまざまな情報を、具体的な手触りを伴ってわれわれに提供してくれる。しかも、切手を用いる郵便制度は、一九世紀半ば以降、世界中のほぼすべての地域で行われているから、各時代の各国・各地域の切手や郵便物を横断的に比較すれば、各国の国力や政治姿勢などを相対化して理解することができる。

したがって、資(史)料としての切手や郵便物は、歴史学社会学政治学・国際関係論・経済史・メディア研究など、あらゆる分野の関心に応えうるものであり、そうした郵便資料を活用することで、複合的かつ多面的なメディアとしての「郵便」、すなわち、ポスタル・メディアという視点から国家や社会、時代や地域のあり方を再構成することが、「郵便学」の目指すところといえる。

関連項目[編集]