町田義雄

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町田 義雄(まつだ よしお、1905年3月18日 - 没年不詳)は、日本のゴルフ場設計者。造園技術者。

経歴[編集]

1905年(明治38年)大阪府に生まれる。東京農業大学林学科に入学し造園研究を行う。1924年大正14年)にゴルフ場設計者であるチャールズ・ヒュー・アリソンに師事する機会に恵まれ、東京ゴルフ倶楽部のコース造成現場の担当者となる。1929年昭和4年)東京ゴルフ倶楽部の責任者。1934年(昭和9年)宮内省に入庁。内匠寮に所属[1]し、当時、吹上御所に存在したゴルフコースの管理を担ったと見られている。

第二次世界大戦後は再び民間に転じ、1949年(昭和24年)宝塚ゴルフ倶楽部コース造成担当に就任。1951年(昭和31年)加古川ゴルフ倶楽部取締支配人。以後、国内の多くのゴルフ場の設計に携わった。

設計に関与したゴルフ場[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 町田義雄『出身県別 現代人物事典 西日本版』p1000 サン・データ・システム 1980年
  2. ^ コースの概要”. 山の原ゴルフクラブ. 2022年7月4日閲覧。