浅野長厚
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
浅野 長厚(あさの ながあつ、天保14年2月26日(1843年3月26日) - 明治6年(1873年)8月28日)は、安芸国広島新田藩の第7代(最後の)藩主。
浅野懋積(広島藩主・浅野重晟の四男・浅野長懋の子)の四男。正室は浅野懋昭(長懋の子)の娘(浅野長勲の姉妹)。官位は従五位下、近江守。
広島で生まれる。早くに伯父長訓の養子となるが、安政5年(1858年)9月に長訓が本家の広島藩を継ぎ、その跡を継いで新田藩主となった従兄の長興(のちの長勲)も本家を継いで転出したため、文久2年(1862年)12月12日、長厚が広島新田藩主となった。幕末期の動乱では本家と行動を共にしている。
明治2年(1869年)の版籍奉還で、本家と所領を合併したため、新田藩は廃藩となった。明治6年(1873年)8月28日、31歳で死去した。
|
|||||