朱世傑

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朱世傑(しゅせいけつ、生没年不詳)は、初期の数学者朱世杰とも表記される。字は漢卿。自号は松庭。

詳細な伝記は不詳であるが、元は燕山(現在の北京付近)の人で、官に就かずに数学を学びながら国内を巡り、その間『算学啓蒙』(1299年)と『四元玉鑑』(1303年)を著した。『四元玉鑑』執筆時には旅の生活も既に20年以上になっていた。揚州に来た際、彼から数学を学ぼうと多くの人々が彼の元を訪れた。それを見てここに落ち着き、数学の教育に生涯を捧げたという。

『算学啓蒙』はから元にかけて発達した中国数学の集大成であり、命数法から四則演算面積計算、天元術に至るまで幅広い内容を取り上げている。以上の命数法が初めて登場したのも同書だった。『四元玉鑑』は天元術を発展させ、4元の高次連立方程式の解法を論じた。

参考文献[編集]