教会論

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教会論(きょうかいろん)とは、教会についての議論である。この「教会(Church、Εκκλησια)」は、イエス・キリストによって贖われた人々の総称であり、また、そのような人々の地域的な交わりを指す。聖書には、以上を示す二つの用法が示されている。

[編集] 聖書の用法

  • 普遍的教会:マタイ16:18、この箇所における「教会」(Εκκλησια)との語の用法は、普遍的なもので、全世界の、キリストの十字架の贖いに与った、真に救われた信仰者によって形成されている教会を指している。
  • 地域的教会:マタイ18:17、この第二の箇所における「教会」との語の用法は、地域的なもので、ある特定の地域にあって、キリストの名によって交わりをもっている信仰者の群を指す。

聖書には、教会を表すのに用いられた幾つかのイメージがある。

  • キリストの花嫁:エペソ人への手紙5:25、教会の純潔と、花婿であるキリストの再臨を待ち望む面が強調されている。
  • キリストのからだ:キリストは教会のかしらであって、教会はそのからだである。このイメージでは、キリストと教会の生命的な関係、また、キリストのみこころを遂行する立場にある教会の面が強調されている。
  • 神の家:新約聖書では「神の家とは生ける神の教会のことである」(Ⅰテモ3:15)と明示されており、共同体としての意味で使用されている(ヘブ3:2‐6,10:21)。
  • 真理の柱:前述のⅠテモ3:15には「神の家とは、真理の柱であり土台である生ける神の教会です」と記述されている。
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