半田弘之

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半田 弘之(はんだ ひろし、1931年3月20日 - 2017年12月28日)は、元競輪選手日本競輪選手養成所が創設される以前に選手登録された期前選手。

来歴[編集]

三重県の出身で、デビュー当初は三重県を登録地としていたものの、程なくして登録地を大阪府に移した。マーク、追い込み型の選手として、1958年全国都道府県選抜競輪・2000m競走(一宮競輪場)及び、立川競輪場で開催された1959年の同大会同種目でも優勝を果たした。

選手生活の晩年になって、郷里の三重県に戻り、四日市競輪場をホームバンクとしていた。

1988年4月26日、選手登録消除。通算864勝。

エピソード[編集]

  • 山本清治の引退レースとなった、大阪住之江競輪場で開催された、1961年11月のレースに勝利している(山本は2着)。
  • 四日市競輪場に、現役時代に使用していた自転車が展示されていた。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]


先代
加藤晶
都道府県選抜2000m優勝者
1958年第15回・1959年
次代
竹野暢勇