九星気学

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九星・気学(きゅうせい・きがく)とは、生れた年月日の九星干支五行を組合わせた占術方位の吉凶を知るために使われることが多い。九星術を元に明治42年に園田真次郎が気学としてまとめたもので、それ以前の九星術と合わせて九星・気学と総称される。生年月日によって定まる九星十二支と、方位の吉凶を知りたい日の九星と十二支を元に占う。九星と十二支は年・月・日・時のそれぞれにあるが、このうち年と月が運勢に大きく関係するとされる。また、生年によって定まる九星を本命星、生まれ月によって定まる九星を月命星という。

九星はある決まった法則で各方位を巡回することになっており、生年月日によって定まる九星と十二支との関係で各方位の吉凶を占う。

作家の池波正太郎は晩年九星気学を好んでいたという。

ミステリー作家の高木彬光は占い全般に造詣が深く、自身と占いとの関係や気学の書物も残している。

[編集] 九星

九星とは以下をいう。

ただし中国占術において「九星」と総称されるものは多岐にわたっており、他の九星と区別する必要がある場合は紫白九星とよぶ。これは園田気学では否定されたが、九星術の古形では三つの白の星である、一白、六白、八白を大吉とし、九紫を中吉としたことにちなんでいる。

なお五黄は大凶の星であり、五黄と相対する方位も凶とされる。

[編集] 九星の循環

日時の九星の九星の循環には幾つかの異説があるが、年月の九星についてはその循環のさせ方がほぼ固まっている。年については180年を一つの周期としている。180年の最初の干支甲子で、干支の周期である60年を一つのくくりとして、上元、中元、下元に分けられている。最も近い上元は1864年から始まっており、2008年現在は下元であり、一白の年である。上元の甲子年を一白として、九紫、八白と星についている数字が減るように循環させて行く。この数が減る循環のさせ方を陰遁とよんでいる。

月の九星の循環のさせ方は、年でいう上元甲子年の九星術における正月である丙寅月を八白として陰遁させる。1年は12ヶ月であり、12と9の最小公倍数が36であるので、月の九星の循環は3年を一つの周期としている。

[編集] 方位との関係

四緑が中宮の場合(2005年)

対象とする日の定位盤(年盤、月盤、日盤)を各方位に対応させ、本命星の相性により吉凶を判断するが、特に六大凶方とされる凶方位がある。小児殺を含めて七大凶方ともいう。なお暗剣殺五黄殺歳破月破は全ての人に凶方位となる。

(右図の一例は四緑が中宮の場合で暗剣殺は東南(三)、五黄殺は北西(五)である。なお盤は南が上)

暗剣殺(あんけんさつ)
その年の五黄土星のある方位の反対側の方位。(五黄土星の年(五黄土星が中央にあるとき)には存在しない。)
五黄殺(ごおうさつ)
その年の五黄土星のある方位。
本命殺(ほんめいさつ) 
その年にその人の本命星のある方位。(その年がその人の本命星のとき(本命星が中央にあるとき)には存在しない。)
本命的殺(ほんめいてきさつ)
その年にその人の本命星のある方位の反対側の方位。
歳破(さいは)
その年の十二支の反対側の方位。
月破(げっぱ)
その月の十二支の反対側の方位。
小児殺(しょうにさつ)
小月建ともいい、子供の健康に影響のあるとされる方位。その年の十二支とその月により方位が定まる。