ヨハン・フリードリヒ (ブランデンブルク=アンスバッハ辺境伯)

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ヨハン・フリードリヒ(1659)

ヨハン・フリードリヒ・フォン・ブランデンブルク=アンスバッハJohann Friedrich von Brandenburg-Ansbach1654年10月8日アンスバッハ - 1686年3月22日、アンスバッハ)は、フランケン地方アンスバッハ侯領辺境伯。ブランデンブルク=アンスバッハ辺境伯アルブレヒトと、その2番目の妻ゾフィー・マルガレーテ・フォン・エッティンゲン=エッティンゲンの長男。

1667年の父の逝去を受けて遺領を相続した時はまだ成人しておらず、最初は摂政の後見下で統治を行った。1672年に成人して後、自らブランデンブルク=アンスバッハ辺境伯領の統治を行った。

子供達[編集]

1673年バーデン=ドゥルラハ辺境伯フリードリヒ6世の娘ヨハンナ・エリーザベト・フォン・バーデン=ドゥルラハ(1651年 - 1680年)と結婚、5人の子を儲けた。

1681年ザクセン=アイゼナハヨハン・ゲオルク1世の娘エレオノーレ(1662年 - 1723年)と再婚、3人の子を儲けた。

参考文献[編集]

  • M. Spindler, A. Kraus: Geschichte Frankens bis zum Ausgang des 18. Jahrhunderts, München 1997. ISBN 3-406-39451-5

(この文献は、ドイツ語版の参考文献として挙げられていたものであり、日本語版作成に際して直接参照してはおりません。)

外部リンク[編集]

先代:
アルブレヒト
ブランデンブルク=
アンスバッハ辺境伯
1667年 - 1686年
次代:
クリスティアン・アルブレヒト