ユニタリー性 (物理学)

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量子力学におけるユニタリー性とは、量子系の時間発展を記述する演算子、または散乱過程を記述するS行列ユニタリー演算子であることを言う。また、そこから導かれる量子系の性質のことである。

概要[編集]

系のハミルトニアン が時間に依存しない場合、系の時間発展はシュレディンガー方程式

によって定められる。その解は、演算子 によって

と書かれる。この がユニタリー演算子であること は、ユニタリー性の初歩的な例である。その帰結として、波動関数の規格化が保たれることが分かる:

この事実はより直感的に、時間発展の下で、確率の総和が1のまま変化しないことを表していると言える[1]

量子系に対する測定の作用を考えると、測定の反作用のため、着目している系の変化がユニタリー演算子で記述できない場合がある。そのような時間発展を非ユニタリー時間発展と呼ぶ。その場合も、着目している系と測定装置の全体は、ユニタリー性が保たれていると考えられている。言い換えると、閉じた量子系(すなわち、測定の作用を考えるなら測定装置も含む全体系)の時間発展はユニタリー性を持っているが、測定装置や測定結果に関する情報を捨てて、着目している系に関する情報のみを残すと、その時間発展が非ユニタリー時間発展となる場合がある。

光学定理[編集]

同様に、散乱過程における状態変化を記述するS行列も、ユニタリー演算子でなければならない。その帰結として、光学定理が得られる。

場の量子論においてはしばしば、電磁場の縦波モードのような非物理的な粒子を含む数学的記述が用いられる。S行列のユニタリー性が保たれるためには、これらの粒子が散乱過程の終状態に現れてはならない。ゲージ場の量子論においては、ゲージ対称性(あるいはBRST対称性)の帰結としてS行列のユニタリー性が導かれる[2]

ユニタリー限界[編集]

理論物理学において、時間発展演算子のユニタリー性に由来する不等式は一般にユニタリー限界と呼ばれる。特に、ユニタリー性は光学定理を導く。光学定理によると、2体散乱の確率振幅の虚部 Im(M) は全散乱断面積と(ある定数因子を除いて)一致する。前方散乱の断面積 は全散乱断面積 Im(M) を超えられないので、次の不等式が成り立つ。

これは、複素数 M が複素平面上のある円盤上にあることを意味する。同様のユニタリー限界により、散乱振幅や断面積のエネルギー依存性に上限が定められる[3]。 特に、この上限が達成されている場合をユニタリー極限と呼ぶ。

参考文献[編集]

  1. ^ J. J. Sakurai; Jim J. Napolitano (2013). Modern Quantum Mechanics. Pearson Education Limited. ISBN 978-1292024103 
  2. ^ 九後汰一郎『ゲージ場の量子論I』培風館、1989年。ISBN 978-4563024239 
  3. ^ John R. Taylor (2006). Scattering Theory: The Quantum Theory of Nonrelativistic Collisions. Dover Publications. ISBN 978-0486450131 

関連項目[編集]