ムハンマド・バラカ

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ムハンマド・バラカ

ムハンマド・バラカヘブライ語:מוחמד ברכה‎ アラビア語:محمد بركة‎ 1955年7月29日-)は、イスラエルの政治家。ハダシュ(正式名 「平和平等民主戦線」)党首。アラブ系イスラエル人。バラケとも。

来歴[編集]

イスラエルのシェファラム(シャファー・アムル)にて生まれる。テルアビブ大学数学を学んだ。学生時代にアラブ人学生の政治組織の議長を務めていた。

1999年クネセト議員に初当選。以降2010年現在も、クネセト議員を務めている。

カハネ主義者による脅迫[編集]

2005年2月、当時首相であったアリエル・シャロンが表明したガザ地区撤退計画にバラカは賛同した。すると、「カハネ主義」と呼ばれる反アラブの過激思想を信条とする政治活動家(元カハ党幹部)であるバールーフ・マーゼルから「お前の支援のせいで撤去法案は可決された。お前とお前の友達を含め、(入植地撤去より)先に他の社会階層(アラブ人)に対して(暴力が)実行されるのは時間の問題だ」とバラカは脅迫された。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]