フラーテス3世

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索

フラーテス3世Phraates III、在位:紀元前70年 - 紀元前57年)は、アルサケス朝パルティアの王。ミトリダテス戦争の際アルメニア王国で起きた反乱に乗じて、ティグラネス2世に奪われていた領土の一部を奪回した。

来歴[編集]

先王シナトルケスの息子として生まれ、その跡を継いで王となった。彼の治世にはローマが逃走したポントス王国の王ミトリダテス6世を追ってアルメニア王国に侵攻しており、アルメニア王ティグラネス2世はフラーテス3世に援軍を要請した。一方でローマの将軍ルクルスも対アルメニアの同盟を提案しており、フラーテス3世は双方に曖昧な返事をして日和見を決め込んだ。

この戦争はローマの優勢の内に推移したが、ローマ軍はやがて軍団の進軍反対によって撤退した。するとアルメニア内部ではティグラネス2世の息子ティグラネス(以下小ティグラネス)が反乱を起こした。小ティグラネスはフラーテス3世に支援を求め、これを見たフラーテス3世は失地奪回の好機と判断してアルメニアに侵攻し、アディアバネ地方を征圧した。

しかし、フラーテス3世は紀元前57年に自分の2人の息子、オロデス2世ミトラダテス3世に暗殺された。