ノート:法科大学院

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記述の客観性[編集]

客観的な記述ではないように思われます。--以上の署名のないコメントは、24.163.68.13会話/Whois)さんが 2005-06-08T03:42:26(UTC) に投稿したものです。

数回前に加筆した者です。同感ですので、主観の強いと考えた場所を削除および加筆いたしました。制度が創られた趣旨、経緯など肯定的な意見も記すべきと考えますので、どなたか加筆いただけると幸いです。Nukkie 2005年6月8日 (水) 05:23 (UTC)[返信]
肯定的な意見も記述すべきというのは同感ですが、経緯などを書き始めると司法制度改革全体に話が及びそうでちと大変かも。Itinoe 2005年6月25日 (土) 14:46 (UTC)[返信]
いきなり大部分を削ってしまうのは、少々乱暴に過ぎるでしょう。客観的な記述ではないと思われる方は、問題部分を指摘して議論に資するべきです。--MIsogi 2006年3月26日 (日) 12:21 (UTC)[返信]

制度の趣旨、肯定的な意見云々よりも、「制度自体」の説明をされたらいかがでしょうか。 制度自体の説明よりも、問題点の説明の方が長いというのはちょっとバランスを失しているのでは? 個人的な利害関係でもおありなのですかね。--以上の署名のないコメントは、61.203.252.201会話/Whois)さんが 2006-03-28T15:06:23(UTC) に投稿したものです。

百科事典としては、問題点について過剰に述べられてるということは同意です。しかし迂闊に他者を貶めかねないような発言はできるだけ慎みましょう。(「個人的な利害関係が~」とか)
>>また「過疎地への法曹の供給」ということが、この法科大学院の理念の1つであったはずであるが、実際は関東圏・関西圏に法科大学院が集中している。これは当初の理念を歪めかねないものである。しかし、人口の多いところ、教育機関も多くなるのは当然予想されたことではある
こういった箇条書きの文章にしても、百科事典という観点から見ても微細にわたりすぎているのでもっと端的に
>>法科大学院が都市部ばかりに集中しているため、本来あった「過疎地への法曹の供給」という理念も疑わしいものとなっている。
などと短く結ぶべきでしょう。また、司法制度改革自体や受験資格なども簡潔に触れるべきです。
説明する項目数が増えるのは(項目の内容が極端に増えるよりも)歓迎すべきことだと思います。--haco 2006年4月4日 (火) 00:12 (UTC)[返信]

恣意的だという指摘があるようですが、当該項目に関する著しい個人的な観点からの記述は、容認できません、というより見苦しいです。 何か当該項目に関して、貶めるような目的が必要なのでしょうか?--以上の署名のないコメントは、210.197.240.59会話/Whois)さんが 2006-05-17T11:08:34(UTC) に投稿したものです。

問題点の所を拝見しましたが、司法制度改革についての批判が大半かと思われます。思い切った圧縮か別項目への分割がいいように思います。Itinoe 2006年9月22日 (金) 17:05 (UTC)[返信]

新司法試験制度に問題があるのだなあということは理解できるが、記述が主観的で偏見を含んだものであるように読める。--史跡めぐり 2007年1月21日 (日) 16:48 (UTC)[返信]
主観的な認識はまだまだあると思いますが、大分整理したつもりです。--220.98.151.199 2007年1月24日 (水) 11:33 (UTC)[返信]

アメリカの制度の模倣の項の最後に記述されている部分で、日本の法科大学院入学者の大半は法学部出身者であるということに対して出典が求められていますが、文部科学省のホームページ(http://www.mext.go.jp/b_menu/houdou/19/05/07051423.htm)を見れば、真実であるという事は明らかだと思います。出典の貼り方が良く分からないので、どなたかできる方よろしくお願いします。 --以上の署名のないコメントは、218.176.199.207会話/Whois)さんが 2007-05-27T08:16:04(UTC) に投稿したものです。署名補完と同時に外部リンク部分の形式を補正しました。--磯多申紋 2007年5月29日 (火) 02:52 (UTC)[返信]

「憶測」やら「建前」やらと根拠のない主観的な表現があったのでニュートラルな言葉に変更しておきました。 もっと良い表現があるようであれば、あるいは、根拠が示されたようであれば修正してください。--Wikipedia利用者 2007/07/02

法科大学院制度は、アメリカ合衆国の年次改革要望書がきっかけとなって始まったものです。 この点についてあえて記述を避ける必要はないと思います。何か意図でもあるのですか? 利用者:サイダー大好き 2007年7月27日 (金) 22:26 (UTC)--以上の署名の無いコメントは、Someguys会話投稿記録)さんによるものです。2007-07-27T13:26:42, 2007-07-27T13:27:49 (UTC)[返信]

追記を希望される文章の因果関係については、検証可能性が認められないものなので排除されています。この部分の記載を主張される場合には、タイミングの問題ではなく、それが真に「きっかけ」であることについての検証可能性を満たす形での記載が妥当と考えます。--磯多申紋 2007年7月27日 (金) 13:55 (UTC)[返信]
何かアメリカ合衆国からの圧力の記述についてもめてるようですが、関連項目に年次改革要望書を入れることで双方納得いただけませんか?--史跡めぐり 2007年7月28日 (土) 02:36 (UTC)[返信]
Wikipediaは何よりも公正かつ正確な記述が求められます。関岡英之の著書"拒否できない日本"にも、また米国大使館のホームページにもアメリカ合衆国の年次改革要望書により法科大学院制度が検討されてきた経緯が記載されていますが、ここをあえて削ろうとする意図はなんでしょうか?日本国民に知らせたくないのですか?わたしはここを記載する必要はあると思います。事実は記載しなければなりません。--Someguys
特定の執筆者が公正・正確と主観的に考える内容を記載する場所ではありませんので、wikipedia:検証可能性に関して理解していただいた上での執筆をお願いします。関岡氏の著書に関する内容は同氏のページにて議論することで足りると思います。アメリカ大使館のホームページに記載の出典を求めるのであれば、その旨を出典として示した上で、主張の責任がアメリカ大使館に帰属することが明示された方法によって記載を試みるのが筋だと思います。この部分に関して、微妙に特定の視点に偏った見解を記載するよりは、史跡めぐりさんがご提案された関連項目への追加を検討されるのがむしろ妥当ではないかと思います。--磯多申紋 2007年7月28日 (土) 17:51 (UTC)[返信]
あなたのしていることは荒らしです。あなたが自己の記述を正当とするその根拠を記述してください。--Someguys
私は自己流の記載を追加しようとはしておりません。記述の追加を希望する場合には、その記載が適切な出典にサポートされていることを示す必要があります。Someguysさんの記載の追加を希望される場合には、Someguysさんが適切な出典を呈示しなければなりません。この点について、当初から進歩がありませんので、wikipedia:検証可能性#出典を示す責任は掲載を希望する側にWikipedia:独自研究は載せないくらいは目を通してからご執筆ください。--磯多申紋 2007年7月29日 (日) 04:36 (UTC)[返信]

世界的観点[編集]

世界的観点のタグについてですが、アメリカのロースクールが別記事になっていることから、もともと「日本の」法科大学院についての記事が前提となっていると思います。そこで、このタグは外すべきだと思いますが、いかがでしょうか?--本屋 2007年4月21日 (土) 12:38 (UTC)[返信]

ご指摘の通りかと思いますので、同タグについては、外しておきました。--磯多申紋 2007年4月21日 (土) 15:07 (UTC)[返信]
雑感[編集]

そもそも、7年(学部専門課程2年+法科大学院3年+司法修習所2年)もかけて法曹を育成するという制度設計が異常だよね。学校関係者が儲けるための制度をわざわざ作ったといわれても文句は言えなかろ。法律家は、だから困る。(*_*;--史跡めぐり 2007年6月2日 (土) 22:34 (UTC)[返信]

自己訂正、法科大学院3年⇒2~3年、司法修習所2年⇒1年。あはは(T-T)--史跡めぐり 2007年6月3日 (日) 01:27 (UTC)[返信]

テンプレート「未検証」「出典の明記」「独自研究」の使い分け[編集]

テンプレート「未検証」「出典の明記」「独自研究」の使い分けについて意見のすりあわせを行い、ある程度の統一見解を作りたいと思います。

ご意見をお持ちの方はTemplate‐ノート:Unreferenced/テンプレート「未検証」「出典の明記」「独自研究」の使い分けまで。 Penpen 2007年6月23日 (土) 00:09 (UTC)[返信]

アメリカからの巨大な圧力[編集]

「アメリカ合衆国からの圧力」で、ロースクールが設置されたこと、その点について、もっと詳しく知りたい。--以上の署名のないコメントは、200.87.108.194会話投稿記録)さんが 2008年1月11日 (金) 23:03 (UTC) に投稿したものです。[返信]

セーフティネット?[編集]

>>新司法試験に不合格となった場合、30歳前後の年齢で無職・職歴なしとなるが、セーフティーネットは考慮されておらず、社会全体で考える必要があるとされている>>
受験回数に制限がなかった旧試験では受験を諦めきれずに40歳、50歳代になっても試験を受け続け、一生を棒に振ることになった受験生がいたとされます。新制度で受験のために回数を設定したのは、このような不幸を防ぐために、受験生にいわば引導を渡す意味もあるはずです。 司法試験受験というハイ・リスク、ハイ・リターンに挑戦し、失敗した受験生にパターナリスティックにセーフティネットまで用意する必要があるのでしょうか。30歳という人生の進路選択可能なギリギリの段階で熟考の機会を与えることが「社会が考えたセーフティーネット」だとみなす考えもあるでしょう。司法試験に挑戦するやる気と能力のある若者なら30歳からでも自分の力で人生を切り開く潜在力は持っているはずです。こういった側面の旧制度と新制度の受験制度の違いについても記述を進める必要があるでしょう。--183.72.109.105 2012年8月24日 (金) 04:54 (UTC)[返信]

法務博士(専門職)が「全く機能していない」との記述について[編集]

<<しかし、修士号・博士号が比較的重視される理科系に対して、もともと学位取得が職業人として就職するのに、むしろ邪魔になるとさえ言われている文系においては、この学位の知名度も皆無に等しければ、修了時の年齢からしてもまったく機能していないのが実態である。<<
文系の教員の採用条件として博士号が必須になりつつあります。専門職であろうと、一応博士号取得者は教員公募において有利になると考えられます。したがって「全く機能していない」との認識はいかがなものでしょうか? --2012年10月27日 (土) 06:45 (UTC)