トルコマーンチャーイ条約

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ガージャール朝の領土縮小と英露の勢力圏画定

トルコマーンチャーイ条約: Туркманчайский мирный договорペルシア語: عهدنامه ترکمنچای‎)は、1828年ロシア帝国ガージャール朝の間で結ばれた条約

第二次ロシア・ペルシア戦争において、ロシア軍がタブリーズを陥落させた。これを契機としてタブリーズに近いトルコマンチャーイ(トルキャマンチャーイ英語版)で講和条約が結ばれた。本条約の16ヶ条のほか、商業に関する9ヶ条がある。このなかで、北アゼルバイジャン、アルメニアをロシアに割譲すること、ロシアの領事裁判権を認めること、カスピ海におけるロシア軍艦の独占通行権を認めること、500万トゥーマーンの賠償金を支払うことなどが定められた。この条約を皮切りとして、ガージャール朝は他の西欧列強とも不平等条約を締結していった。

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