ジョージ・アーノルド・エッセル

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ゲオルギ・アルノルド・エッセル

ゲオルギ・アルノルド・エッセルオランダ語: George Arnold Escher1843年5月10日 - 1939年6月14日)は、明治期に来日したお雇い外国人である。または、エスヘルエッシャーエッシェルとも呼ぶ。フリースラント州レーワルデン出身。

概要[編集]

1873年明治6年)にヨハニス・デ・レーケらとオランダから来日。淀川(大阪府)の修復工事や三国港(福井県)のエッセル堤、龍翔小学校(現:みくに龍翔館)の設計、指導を行った。1878年(明治11年)離日。母国に戻りエリート官僚の道を進んだという。息子のマウリッツ・エッシャーは、後に画家として有名になった。

関連項目[編集]