ジョン・ビグスビー

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ジョン・ビグスビー
人物情報
生誕 1792年8月4日
イギリスの旗 イギリス ノッティンガム
死没 1881年2月4日(満88歳没)
出身校 エディンバラ大学
学問
研究分野 地質学
主な受賞歴 マーチソン・メダル(1873年)
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ジョン・ビグスビー(John Jeremiah Bigsby、1792年8月4日 - 1881年2月4日)はイギリス医師地質学者である。

ノッティンガムに生まれた。エディンバラ大学で学び、軍医となり、1817年には南アフリカ喜望峰に赴任した。その後カナダに赴任し、地質学に興味を持ち、1819年、オンタリオ州のイギリスの植民地アッパー・カナダ地質についての報告を依頼された。1822年に国境画定委員会 (Boundary Commission) のイギリス事務局および医療スタッフに任命され、数年間多くの重要な地質調査を行い、American Journal of Science などの学術誌論文を発表した。後にこの時の旅行記は1850年に『靴とカヌー』(Shoe and Canoe) として発表された。

1827年にイギリスに戻り、1846年にロンドンに移るまで、Newark-on-Trent で内科医院を営んだ。ロンドンでは、1823年に会員に選ばれていたロンドン地質学会での活動に熱心に取り組んだ。古生代化石の一覧の作成などを行い、1868年に Thesaurus Siluricus、1878年に Thesaurus Devonico-Carboniferus を出版した。

1873年にマーチソン・メダルを受賞した。

ビグスビー・メダル[編集]

1877年に、45歳以下の研究者を表彰するビグスビー・メダル (Bigsby Medal) を創設した。

受賞者[編集]

関連項目[編集]

外部リンク[編集]