ケネス・ピッツァー

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ケネス・サンボーン・ピッツァー(Kenneth Sanborn Pitzer, 1914年1月6日 - 1997年12月26日)は、カリフォルニア州ポモーナ出身のアメリカ合衆国理論化学者であり、教育家である。

彼は1935年にカリフォルニア工科大学で学士号を取り、1937年にカリフォルニア大学バークレー校で博士号を取得した。卒業後はバークレー校に残り、最後には教授に昇進した。1951年から1960年にかけては、化学大学院の学長となった。

1961年から1968年まではライス大学の第3代学長となり、1969年から1971年にはスタンフォード大学の第6代学長となった。その後バークレーに戻り、1984年に引退したが、死ぬまで研究を続けた。1949年から1951年にかけてはアメリカ原子力委員会の研究部門の責任者となった。

研究者としては、分子熱力学的研究で知られ、アメリカ国家科学賞プリーストリー賞等の多くの賞を受賞している。

父のラッセル・K・ピッツァーは、カリフォルニア州にあるクレアモント大学を構成する7つのうちの1つピッツァー大学の創設者である。息子のラッセル・M・ピッツァーも有名な化学者で、オハイオ州立大学に勤めている。

ピッツァーは、公聴会ロバート・オッペンハイマーに反対する宣誓書を提出し、これが原因でアメリカ原子力委員会を辞めることとなった (Bird and Sherwin)。

1997年12月26日にカリフォルニア州バークレーで死去した。

出典[編集]

  • Kai Bird and Martin J. Sherwin, American Prometheus: The Triumph and Tragedy of J. Robert Oppenheimer (New York: Knopf, 2005) ISBN 0-375-41202-6