アラベラ・チャーチル

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アラベラ・チャーチル

アラベラ・チャーチル(Arabella Churchill, 1648年2月23日 - 1730年5月30日)は、イングランドスコットランド国王ジェームズ2世の愛妾。サー・ウィンストン・チャーチルとエリザベス・ドレーク夫妻の娘で初代マールバラ公ジョン・チャーチルの姉。

アラベラはやせ気味で顔色が悪く、女性的魅力に乏しいとみられていたが、当時ヨーク公だったジェームズの狩りに同行した際誤って落馬してしまった。その時に、脚を露わにして失神したため、脚線美に見とれたジェームズに気に入られ愛妾となった。1665年、アラベラはただちに公妃アン・ハイドの女官となり、アンの存命中に2人の庶子を生んだ。1673年にジェームズがメアリー・オブ・モデナと再婚した後も関係は続き、さらに2人の子供を生んでいる。

ジェームズとの関係が終わった後、1678年に廷臣のチャールズ・ゴドフリーと結婚して宮廷から遠ざかり、1730年に82歳の高齢で亡くなった。

子女[編集]

ジェームズとの間に4人の子を儲けた。

  1. ヘンリエッタ・フィッツジェームズ(1667年 - 1730年) - ウォルドグレイヴ男爵ヘンリー・ウォルドグレイヴと結婚、ガルモエ子爵ピアズ・バトラーと再婚
  2. ジェームズ・フィッツジェームズ(1670年 - 1734年) - ベリック公
  3. ヘンリー・フィッツジェームズ(1673年 - 1702年) - アルベマール公
  4. アラベラ・フィッツジェームズ(1674年 - 1704年) - 修道女

チャールズ・ゴドフリーとの間に3人の子を儲けた。

  1. フランシス(? - ?)
  2. シャーロット(? - ?)
  3. エリザベス(? - ?)

参考文献[編集]

  • 臼田昭『モールバラ公爵のこと チャーチル家の先祖研究社、1979年。