まめだ
まめだは上方落語の演目名。三田純市作 「まめだ」(豆狸)とは大阪弁で「子狸」の意味
[編集] あらすじ
明治時代、人気を集めた歌舞伎役者市川右團次の弟子、右三郎は三津寺の前にあった膏薬屋「本家びっくり膏」の息子であった。稽古熱心でトンボを切るのが上達しいい役がつくなど、師匠から可愛がられていたが、ある雨の夜の帰宅途中、三津寺筋で差していた笠が重くなりつぼめると何もないという怪異に襲われる。「こら、「まめだ」のせいやな。しょうもないテンゴしやがって、・・・ようし一つ懲らしめたれ。」と笠をさしたままでトンボを切ると、悲鳴がして犬のようなものが逃げて行った。「ざまあみさらせ。」とそのまま帰宅する。
数日後、母から「どうもけったいや。このごろ顔色の悪い丁稚が膏薬買いに来るのやが、それが買いに来たからというもの、あとで勘定があわんねん。お金のかわりに必ず銀杏の葉が一枚入ってんねん。」と言われる。それを聞いた右三郎「あほ言いな。三津寺さんの前、銀杏の葉だらけや。混ざってんのとちゅうか。」と笑ってすましてしまう。
そのうち、その丁稚が来なくなる。ある朝、右三郎が芝居小屋に出かけようとすると三津寺の前に人だかりがしている。皆「境内に「まめだ」が、けったいな格好で死んどんで。」というので見てみれば、体一面に膏薬の貝殻をつけた子狸の死骸が。「さてはあのときの「まめだ」が怪我をして銀杏の葉、金にして、膏薬を買いに来よったんかいな。貼り方を知らず紙に貼らんと、貝殻のままつけたんで効かずに死んでもたんや。ああ、そんなんやったら教えたったのに・・・かわいそうに。ワイが殺したようなもんや。」と後悔した右三郎、母親と町内の者ともどもに三津寺に頼んで死骸を埋葬してもらうこととなった。
ねんごろに読経してもらうと、突如、秋風が吹いて夥しい銀杏の葉が墓を覆った。「あ、お母はん。見てみなはれ。狸の仲間から仰山香典届いたで。」
[編集] 概略
落語に秋のネタがないことに気づいた三田が、道頓堀に伝わる伝承をもとに桂米朝にために書き下ろした。民話の香りのする人情噺めいた佳作である。なお、当時、膏薬はよく練って貝殻に付けて売り、家で紙に伸ばして貼っていた。
[編集] 参考文献
桂米朝「米朝ばなし 上方落語地図」毎日新聞社 1981年