ちちんぷいぷい (テレビ番組)

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ちちんぷいぷい
ジャンル 情報番組
放送時間 平日 14:55 - 17:45(170分)
放送期間 1999年10月11日 - 現在
放送国 日本の旗 日本
制作局 毎日放送
製作総指揮 岡田公伸(制作)
演出 村田元(総合演出)
プロデューサー 横田一、宗川圭太 /
田渕伸一CP
出演者 西靖(MBSアナウンサー
石田英司
今出東二天気予報士
出演者欄を参照)
音声 ステレオ放送
オープニング 花*花「ぷいぷい行進曲」
エンディング ぷいぷい軽音部未来の花束
外部リンク 公式サイト

特記事項:
上記放送時間は、制作局の毎日放送のもの。
(過去のネット局に関しては、こちらを参照)
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ちちんぷいぷい』は、1999年平成11年)10月11日から毎日放送(MBSテレビ)平日14:55 - 17:45(JST)に生放送されているローカル情報番組2009年平成21年)4月3日から2010年平成22年)3月26日までJNN系列数局にてネットされていた(山陰放送ほか。詳細後述)。通称は『ぷいぷい』。ステレオ放送ハイビジョン制作を実施している。

目次

[編集] 概要

総合司会は毎日放送アナウンサー西靖料理旅行中継など、既に確立された構成に、お笑い芸人タレント数名がレギュラー出演してのスタジオトークを交えて進行する形を取った。初代総合司会の角淳一流に紹介したその日のニュースや社会問題、デパート情報など、毎日の生活に欠かせない情報を番組視聴者に提供している。

番組タイトルは、初代総合司会の角自身が考えたもの。理由としては、角自身が主婦層向けの情報番組を担当することが不安でたまらず、「ちちんぷいぷいとおまじないをかけないとやっていられない」という意味が込められており、このタイトル以外では番組を受けないと言明したためにつけられたという[1]。角がこの番組にかける想いは相当の物で、以前ニッポン放送のラジオ番組『笑福亭鶴瓶 日曜日のそれ』にゲスト出演した際、「番組開始前に、このスタッフ達とやって行けるか力を試したい。」と、1度特番として『愛さんさん歌謡祭』(タイトルは、美空ひばりの「愛燦燦」からつけられた)を4時間行い、「これで行ける!」と確信した上でのスタートだった。また、情報番組にありがちな台本や進行表は殆ど使われておらず、大まかなタイムテーブルが設定されているだけであるということが番組内で紹介されている[2]

祝日は休みたいという角の希望から、原則として祝日・年末年始は放送しなかったが、角降板後の2011年10月以降は、特別番組等の放送がある場合を除き、祝日も原則的には放送されている。2000年から2007年まで元日に特別番組『ぷい正月』を放送したように、祝日や週末に「特別版 / 増刊号」と称して通常の放送時とは異なる内容で放送する。毎年春には、毎日放送が『センバツ』(春の甲子園)を中継するため、春休みという形で2週間(3月下旬 - 4月頭まで)程度放送を休止。しかし、2003年の第75回記念大会から準決勝と決勝の試合しか生中継しなくなったため、準々決勝までの開催日も通常通り『ぷいぷい』を放送するようになった。この名残りもあってか、角がこの時期に何日か休暇を取ることがある。

番組の放送に使用されるスタジオは茶屋町の毎日放送本社2階にあるギャラクシースタジオ。過去には、同スタジオの一角で前枠番組『っちゅ〜ねん!』(公開生放送)や『バンバンバン』(中継をつなぐスタジオパート)を放送してから、引き続いて『ぷいぷい』に入った時期もある。放送は当初からステレオ放送。2003年12月1日の地上デジタル放送スタート以前のハイビジョン試験放送時において数回のハイビジョン制作が行われ、12月より正式にハイビジョンで収録されている。

番組では視聴者にメールで質問や答えを募集している。出演者やスタッフが判らない疑問の解答や、企画のアイデア、番組の感想、リクエストや番組主催のイベントへの応募もメールで募集する。

[編集] 沿革

[編集] 1999年 - 2005年

夕方の17時台に編成していた『おかえりワイド』の後継として、1999年10月11日、番組放送開始[3]。番組放送開始から2002年3月までは和室のセット(現在は撤去)をしつらえ、出演者達は番組後半にそこに座り番組を進行していた。最初期の特徴はラジオの感覚で視聴者からの便りを紹介したり、長時間の生中継などが挙げられる。1999年11月10日は生駒山から沈む夕日を延々と中継し、エンディング「昨夜の◯◯さん」の話で角と桂ざこばが号泣した。

2000年、久米宏がヒゲを蓄えたのを見た角が対抗意識を示してヒゲを生やす。しかし評判が悪く、やしきたかじんが『たかじんONE MAN』の企画として角のヒゲを理髪店の女性に剃らせた。2000年1月30日から陣内智則の「クイズ私鉄沿線」が開始し、これ以降クイズコーナーが形を変えながら8年間続く。

2001年、番組の方向性の試行錯誤が始まる。4月から15時台のフリートークなどを縮小し、17時台後半に放送していたニュースコーナーをオープニングに繰り上げた。7月2日、ニュースコーナーの中で角が気になったニュースに☆印を打ち、その事柄についてわかりやすく解説する「角の☆印」(すみのほしじるし)というコーナーを始めたところ、これが大当たりする。進行表を使わずにPJ(プロジェクター)を使って生放送を進めていくというスタイルが定着した[4]。10月からはエンディングで芸能ニュースコーナー「夕刊☆印」が開始。2002年1月には注目の新人タレントを紹介する「今日のダレ?」が開始。

2002年4月に中継コーナーが金曜だけの放送に縮小したのを機に「☆印」を基軸とした番組の体裁が固まった。また、『ジャスト』の放送時間縮小と、『JNNニュースの森』のスタート時間が17:50になったことに伴い、放送開始を14:55からのフライングスタートに変更。5月のゴールデンウィーク後、再び15:00からのスタートに戻すため、番組内のテレビショッピングコーナーだった「ぷいぷいまる得ショッピング」を単独番組『はっぴーまる得マーケット』として独立させる。

2004年3月22日の高知競馬ハルウララ中継を近畿の地上波テレビで独占放送。ハルウララがゴールした時に高視聴率を記録した。この時期に放送1000回を突破。2004年から2008年まで毎年8月に開催した毎日放送主催のオーサカキングでは関連させた企画を実施。8月、西靖アテネオリンピックを取材パス(許可証)なしで取材。この年から西はリポーターと角の代理司会を兼ねるようになる。

2005年5月10日、角が本番途中で番組を降板。同日、社内の健康診断で不整脈が見つかり、「いっぺんだけ!」コーナー終了後すぐさま大阪府内の病院に約1週間検査入院した。「いっぺんだけ!」コーナー終了後のCM明け以降から突如角に代わり西靖が進行を担当。 1週間後の5月17日、「いっぺんだけ!」コーナーより突然「リハビリを兼ねて」との理由で復帰を果たした。この時、「こんないいコーナーに私も出たい」という理由で西も参加。

2005年オーサカキングに関連して、前番組『っちゅ〜ねん!』から引き続きロザンと、その年のオーサカキングの初日にスイカ割りを担当した新人アナウンサー・松本麻衣子が会場から中継を担当。

[編集] 2006年 - 2008年 【3時間50分放送】

2006年3月、放送1500回目の日に放送時間の拡大が明らかに。上泉雄一司会の『っちゅ〜ねん!』(2005年4月から1年間、同局で放送していた番組)を統合し、2006年4月10日からは14:00放送開始の約4時間の番組となり、体力に不安のある角を西・上泉・石田英司らが進行を分担してサポートする体制に。『っちゅ〜ねん!』からロザンピーコらが『ちちんぷいぷい』に出演することになり、出演者が増加。お天気キャスターの今出東二のような4時間通しでは出演しない出演者も増えた。しかし、6月に角が胆石摘出を行う為に手術入院することとなり、それと同時に番組のテコ入れが続き、出演者や企画の見直しを繰り返していく。

2006年10月、角の出演を月・火・水曜日のみとし、木・金曜日は出演しないことになった。木曜日の進行を西が、金曜日の進行を上泉が担当。2007年4月からは上泉がぷいぷいを離れ西が金曜の司会をし、VTRコーナーを増やす等のリニューアルを実施。

2001年の初登場から、5年にわたって不定期レギュラーとして出演していた、鈴木ヒロミツが亡くなった2007年3月14日の放送では、冒頭で速報として伝えた後、ニュースのコーナーで、より詳しく伝えた。

2007年4月から1年間、「気付きメール」として専用のメールアドレスを用意し、視聴者から放送で気付いたことを募集し、番組最後に「気付きメール」を紹介。

2007年7月19日の放送で、17時15分頃に機器が故障(正確には、テロップなどの作成場所から、スタジオへ素材を送る回線が何らかの事由により切断されてしまったことによる。)、テロップとプロジェクターに表示される内容が表示できなくなった(この間、プロジェクターには、番組のロゴが表示されていた。また故障数分後には、「故障中」というマジック書きの紙が、プロジェクターに貼りつけられた)。故障している間は、プロジェクターに映し出される素材の発注原稿の写し(台本の代わりとして使用しているもの)を西がカメラに映しながら進行しVTRに入った。その後、切断されていた回線が復旧した。

2007年10月1日、読売テレビで16・17時台に放送されていた裏番組の『情報ライブ ミヤネ屋』が9月28日で終了した『ザ・ワイド』の後継番組として繰り上げ移動し、その対策として14・15時台のタイムテーブルを大幅にリニューアルした他、出産と育児休暇の為に降板していた武川智美古川圭子松井愛がアシスタントに復帰。

2008年2月6日、大阪府知事選挙に当選した橋下徹の朝の表情を山中真が密着するコーナー「けさの橋下知事」がスタート。4月24日に迎えた放送2000回目に橋下徹大阪府知事大阪府庁から中継で生出演。

2008年10月6日TBS系で放送中の情報番組『2時っチャオ!』14時台(第1部)のネットを開始。放送時間は14:55 - 17:50に短縮、2年6ヶ月ぶりに約3時間の放送となった。3時間リニューアルのキャッチコピーは「3時間がちょうどええわ〜」(なお、TBSの14時台の情報番組をネットするのは、『ジャスト』以来3年6か月ぶり)。リニューアルを機に、番組冒頭の(出演者紹介で流れる)BGMが角担当日は2006年4月7日まで使用していた音楽に戻り[5]、キッチンぷいぷいは3時間時代の「16時半ころ、エプロン姿の角淳一、きょうの晩ごはん何?」が復活。(4時間時代のとき料理コーナーは15時頃で、角は休憩していた)

[編集] 2009年度 【10周年・系列局へネット】

TBSの改編で『2時っチャオ!』が2009年3月で終了し、後継の『ひるおび!』をエンディングの14:55までネットし、ぷいぷいの放送時間は変わらず。MBSは視聴率低迷を理由に『ひるおび!』を7月3日で月 - 木曜の14時台のネットを中止[6]、14時台はドラマ再放送枠となる[7]。金曜14時台はMBSがぷいぷい中継コーナーの派生となる『バンバンバン』を制作。同年3月27日、MBS制作による『バンバンバン』開幕特番[8]を12局ネットで放送。『バンバンバン』で中継に出演する板東英二が一旦ぷいぷいを離れることになった。

一方、放送開始10周年の節目の年に『ちちんぷいぷい』自体も関西以外で全国的に放映されることになる。2009年4月3日から毎週金曜日のみ、キー局TBSを始めJNN系列局数局にネットされることになった。定例記者会見で、東京のTBSにネットする理由を「TBSの方から『現状の関西テイストのままでいいので放送させてほしい』と要請があった」と説明しており[9]、ネット時の番組内容も関西ローカルの時とほぼ同じだった。また、自主制作の情報番組や他局の番組を放送している局への配慮から15:00、15:52及び16:52に飛び乗り飛び降りポイントが設けられている[10]

他地域ネット初日となった4月3日、14:55から関西ローカルの「もうすぐぷいぷい」というミニコーナーがスタート[11]。15:00:00ちょうどに同時ネットがスタート、司会の西靖がネット局の説明をして、金曜レギュラーのトミーズ健の新規ネット局での知名度を図る街頭インタビューを放送した。

翌週4月6日からは山陰放送でも平日帯で(月曜から金曜までの)15時台のみネットされることになり、ネット初日には丸山聡美(山陰放送アナウンサー)がギャラクシースタジオに生出演し、丸山が司会を務める山陰放送テレビの情報番組『土曜日の生たまご』の番組内容を紹介した後、鳥取県米子市にある山陰放送本社のお天気カメラの映像や、島根県松江市にある松江城の映像を生中継した。また、6月22日の「学校に行こッ!」のコーナーでは、山陰放送とのコラボレーション企画として、リポーターのたむらけんじが鳥取市の城北高等学校相撲部に体験入部する様子が放送された。この企画は6月27日に山陰放送の『土曜日の生たまご』でも放送された。

関東地区の4月の平均視聴率が2.3%[12] と低迷。2009年5月22日の放送は1.4%を記録した。また、広島地区でも低迷しており、2009年5月1日の放送は0.9%を記録した(視聴率はビデオリサーチ調べ)。TBSMRORCCは2009年7月17日をもってネットを打ち切り。結果的には関東において半年で打ち切られた『なるトモ!』(読売テレビ)と同様のケースとなってしまった[13]BSSIBCRBC(7月31日以降)は今まで通り「ぷいぷい」ネットを継続。BSSは9月28日から全曜日で14:55開始へ変更、RBCは10月1日から木曜・金曜に放送曜日が増えた。なお、ネット局自体が特別番組などで番組を休止することもある。

放送開始10周年に当たって、秋から年末にかけて関西ローカルで特別番組を放送した。2009年10月11日(日曜日)には、12:54から4時間の特別番組『ちちんぷいぷい音楽祭』を生放送。ユニバーサル・スタジオ・ジャパン大阪城野外音楽堂などと中継でつないで放送。翌12日(月曜日)には、10周年記念特別番組の第2弾として、13:55から4時間『ちちんぷいぷい10周年 角の東京物語~ちょっと新世界へ~』を放送。角が東京に滞在している模様はメールで逐一伝えた。

2009年10月13日から同月30日までは、「もうすぐぷいぷい」を「今出さんのお天気コーナー」と「3時の扉」(新設コーナー)の2本立てで構成。「3時の扉」からCMなしで、15:00に本放送へ直結していた(プレゼントコーナーは15時台に移動)。しかし、「3時の扉」は10月30日の放送で終了。11月2日以降は、「もうすぐぷいぷい」で天気予報だけを伝えた後に、スポットCMをはさんで本放送を始めている。

2009年11月7日(土曜日)の15:24 - 17:00には10周年記念特別番組第3弾『ちちんぷいぷい おかげさまで10周年 角の芸能物語』(過去に放送した角と著名人のロングインタビュー集)、同年12月12日(土曜日)の13:54 - 16:00にはスペシャル番組『ちちんぷいぷい歌って笑って忘年会2009~!』が、それぞれ関西ローカルで放送された。

「遠慮せんと…」を番組のテーマに掲げた2010年には、1月20日に番組初のCDとして、2008年10月から2009年9月までの「おいしいうた」全12曲と、同企画へ参加したアーティスト(おいしいうたファミリー[14])による新曲「明日の空」の13曲を収録したコンピレーション・アルバムすごくおいしいうた」を発売[15][16]。1月20日付のオリコン・デイリーチャートで7位に初登場。関西地区のチャートで連日1位を記録したほか[17]、同月26日発表のウィークリーチャートで初登場14位(全国累計8,352枚)に入った[18]。おいしいうたファミリーは、NHKの音楽番組『MUSIC JAPAN』(同年3月28日放送分)にも登場[19]。全国ネットの番組で初めて、「明日の空」を披露した。

2010年3月1日には、総合司会の角・西と、番組内で『すごくおいしいうた』の宣伝隊長に任じられていたU.K.が断髪。生放送中に、3人揃って丸坊主になった。本来は「『すごくおいしいうた』は同月末日までに(累計売上枚数が)3万枚へ達しない」と公言した角への罰ゲームだったが、同曲のキャンペーンに協力した西とU.K.も、「角さんだけに丸坊主をさせるのは忍びない」との理由で自ら断髪に応じた。(詳しい経緯については、U.K. (タレント) の説明を参照。)

角・西は、当日の本番終了後に、丸坊主姿のまま番組初の公開勉強会『ちちんぷいぷい手づくり勉強会 ちかくでトーク』(大丸心斎橋劇場)に出演。当日の放送にも出演した池上彰と、一般公募から選ばれた150名の視聴者を前に、大阪の魅力などを語った。[20]

2010年2月9日からは、当番組でTwitterのアカウントを取得[21]

全曜日で15時台のネットを続けてきた山陰放送が、3月19日を最後に放送を終了した。同月26日には、IBC岩手放送(金曜のみネット)と琉球放送(木曜・金曜のみネット)でも一斉に打ち切り。このため、同年4月期の改編からは、関西ローカルの放送に戻る。

2009年には、10周年記念番組本の出版を計画していた[22]が、現在まで実現していない。ただし2010年に10月には、当番組で放送された「西靖の60日間世界一周」に関するムックとして、『西靖の60日間世界一周 旅の軌跡』がぴあから関西地区限定で発売されている。

[編集] 2010年 【再び関西ローカル、世界一周】

2010年『Nスタ』(夕方の全国ニュース)開始に伴い終了時間が繰り上がり、全曜日の放送時間を5分短縮。金曜日の放送では、『バンバンバン』(2010年3月26日放送終了)の生中継企画を引き継ぐ格好で、1年振りに生中継コーナーが復活。また、「おいしいうたファミリー」や当番組と縁の深いアーティストによる番組プロデュースの有料音楽イベント「ちちんぷいぷい音楽祭」を、年に1回大阪で開催するようになった。[23]

2010年6月、西が毎日放送の開局60周年企画として「60日間世界一周」をすることが明かされる。6月28日に出発し、西回りで8月25日まで24カ国に滞在。滞在期間中には、インターネット経由で毎回中継を実施したほか、8月7日(土曜日)の13:54 - 15:30に緊急特別番組西靖の60日間世界一周 まだまだ旅の途中SP」を放送した。また、当時西が務めていた木・金曜日の総合司会を、河田直也(木曜)と山中真(金曜)が8週間代理で担当。このことを周知するために、「7月、ちちんぷいぷいが変わる!!」と銘打ち、二人の代役司会をアピールする宣伝を番組内で流した。

8月9日から11日までは角が60周年特別番組(後述)の取材の為に欠席、9日から順にたむらけんじ宇治原史規大吉洋平が進行役を担当した。西が帰国した8月25日は1時間繰り上げ拡大して放送。26日から9月2日までは1時間繰り上げ拡大して、開局60周年記念特番「ちちんぷいぷい夏祭り 近畿から世界だよSP」として放送。角が大阪府以外の近畿1府4県の「最先端」を取材した。また、26日から9月3日までは、番組の後半で「60日間世界一周」の総集編を放送している。

7月から夏休み明けの9月2日までは、毎日放送60周年記念ソングの「ハッピーアワー」(作詞・作曲・歌:トータス松本)をBGMに、佐藤弘道に依頼して出来た体操を出演者と小学生で披露するイベント「セイバンプレゼンツ ハッピーアワーたいそう」を毎日放送本社1階で実施。ラジオ体操の要領で参加者にスタンプカードを配ったほか、通常放送ではオープニング、特別番組では15時過ぎにその模様を中継した。イベントの進行は、「体操のお兄さん・くっすん」という名義でU.K.が担当。また、過去にMBSテレビ・ラジオの番組で司会・ナレーションなどを担当した小池清アップダウンクイズ)、斎藤努ヤングおー!おー!)、下條アトム世界ウルルン滞在記)、窪田等情熱大陸)、桂三枝(ヤングおー!おー!)、笑福亭鶴光MBSヤングタウン)、浜村淳ありがとう浜村淳です)が体操中のナレーターを務めた。

9月15日からは、水曜日の放送でも西が総合司会を担当。これまで水曜日の総合司会を務めてきた角は、自身の夏休みが明けた9月22日から、同曜日のみ「1パネリスト」の立場で全編に出演している。また、9月27日から、スタジオモニター(PJ)のサイズを16:9へと変更。10月28日(木曜日)の19:00 - 20:54には、関西ローカルで特別番組『ちちんぷいぷい 池上彰さんに聞く世界のハテナ? 西靖の60日間世界一周』を放送した。[24]この特別番組は、関西以外のTBS系列局でも放送され、12月31日(金曜日)に山陽放送、2011年1月2日(日曜日)に静岡放送山陰放送、1月3日(月曜日)に長崎放送、1月4日(火曜日)に北陸放送で放送された。

[編集] 2011年 -【総合司会交代、続々と世界へ】

2011年2月11日(金曜日)には、MBSラジオが毎年実施している「毎日カルチャースペシャル ラジオウォーク」(第30回)へ角が7年振りに参加、「西の☆印」の一部でラジオウォークの会場からテレビ・ラジオのサイマル生放送を実施。角のほかにも、当番組レギュラーの八木早希(当時はMBSアナウンサー)が「ラジオウォーク」の総合司会、当番組ナレーター(元レギュラー)の南かおりがサイマル生放送の進行役、U.K.が当番組のリポーターとしてそれぞれ出演した。

2011年4月7日(木曜日)の19:00 - 20:54には、関西ローカルで特別番組『ちちんぷいぷい特別編 池上彰さんに聞く世界のハテナ?II』を放送。同年度の4月改編を機に、全てのレギュラー番組からの降板を表明していた池上は、この特別番組で当番組をいったん卒業した。しかし、同年10月には「ぷいぷい顧問団」に復帰。11月10日(木曜日)の19:00 - 20:54には、関西ローカルで『ちちんぷいぷい特別編 池上彰さんに聞く世界のハテナ?IⅢ』が放送された。

2011年夏には、「元気があれば、何でもできる」をテーマに、数々の特別企画を実施。7月25日(月曜日)からは、前年の西に続いて、河田が当番組の企画「河田直也の60日間ほぼ世界一周 昔の人は偉かったザ・ワールド」で世界一周の旅に出発した(同年9月23日に帰阪)。また、同日から8月31日まで実施の「ハッピーアワーたいそう2011」では、前年度も進行を担当したくっすんに加えて、同年度MBS新人アナウンサーの福本晋悟東海ラジオからの中途採用)と福島暢啓龍谷大学からの新卒採用)が「体操のお兄さん」として日替わりでレギュラー出演。小池清、角淳一、たむらけんじ太平サブロー未知やすえ桂こごろう桜 稲垣早希AKB48大島優子峯岸みなみ宮澤佐江の3人)が体操中のナレーターを務めた。「大阪マラソンへの道」では、いずれもフルマラソン初挑戦の山中真(MBSアナウンサー)、西、女と男(和田美枝、市川義一)、宇治原史規ロザン)が、千葉真子(陸上競技指導者、元長距離走マラソン日本代表選手)による指導の下に第1回大阪マラソン(同年10月30日開催)へ出場。全員完走を果たしている。

角は、2011年9月30日(金曜日)の放送を最後に、当番組の司会およびレギュラーを卒業。同年10月以降の放送では、角が担当してきた月・火曜日の総合司会も西が務めるとともに、スタジオセットやエンディングテーマ[25]などが一新された。また、一部レギュラーの出演曜日を変更。これまで不定期で出演してきたスポーツ関係者(大畑大介佐藤弘道小椋久美子廣田遥)、ゲスト出演の経験がある前田典子、かつてVTRコーナーにのみ出演していた月亭八光を新たにレギュラーコメンテーターへ起用したほか、新人アナウンサーの福島を「月曜生中継」(新設)のレギュラーリポーターに抜擢した。

2011年10月からは、新しいエンディングテーマ「未来の花束」を番組完全プロデュースのシングル曲として発売する関係で、西・山中・河田・くっすん・福島が「未来の花束キャンペーン隊」の隊員として活動している。同曲のCD発売初日(2011年11月2日)には、河田が『THE NAKAJIMA HIROTO SHOW 802 RADIO MASTERS』(FM802)に生出演。『ちちんぷいぷい』と放送時間が重なる17:14 - 17:28には、MBSテレビ・FM802の開局以来初めて、両番組の間でサイマル放送を実施した。なお、同曲は11月16日付のオリコンウィークリーチャートで、初登場14位(全国累計7,061枚)を記録している。

2012年は、「思い切って、○○」(○○には出演者自身の目標や希望が入る)をテーマに、1月10日火曜日)からレギュラー放送を開始した。1月27日金曜日)の放送では、水曜レギュラーの大平サブローが当番組のエンディングに出演。芸能生活36周年記念企画「36のむちゃぶり」の一環としてやしきたかじんから出されていた「(前日6:00からの)36時間で(在阪テレビ・ラジオ各局で生放送中の)36番組に出演」という課題を無事に達成した[26]。なお、2月6日月曜日)の放送では、VTRながら角がレギュラー卒業後初めて当番組に登場している(詳細は#タイアップ商品を参照)

他方、日本プロ野球の春季キャンプ解禁日に当たる2月1日水曜日)には、阪神タイガースを中心にスポーツ関連の取材を担当する(放送上の)部署として「ちちんぷいぷい運動部」を新設。当番組へ過去に2回だけ登場していた井上雅雄(毎日放送のスポーツアナウンサー)に、「運動部キャプテン」いう肩書を付けるようになった。また同月からは、フルマラソン未経験の大吉をリーダーに据えた「チーム大吉」による京都マラソン2012年3月11日に30年振り復活開催の予定)への挑戦企画「京都マラソンへの道」を実施(放送は火曜日)。前年の「大阪マラソンへの道」に続いて、和田・市川が「チーム大吉」に参加するほか、「運動部」メンバーの千葉がコーチを務めている。

また、2012年3月5日月曜日)からは、MBSアナウンサーによる番組史上3度目の世界一周企画として「吉竹史が行く!春の世界一周桜物語 咲いたらさんが通る」を連日放送。普段は金曜日のアシスタントを務めている吉竹が、女性アナウンサーとしては初めて、世界を一周しながら羽織姿で行く先々の桜事情を生中継やVTRで報告している。

[編集] 放送時間の変遷

期間 放送時間 放送分数
1999年10月11日 - 2000年3月 15:00 - 18:00 3時間
2000年4月 - 2002年3月 15:00 - 17:54 2時間54分
2002年4月 - 2002年5月2日 14:55 - 17:50(第1期) 2時間55分(第1期)
2002年5月7日 - 2006年4月7日 15:00 - 17:50(第1期) 2時間50分(第1期)
2006年4月10日 - 2008年10月3日 14:00 - 17:50 3時間50分
2008年10月6日 - 2009年3月31日 14:55 - 17:50(第2期) 2時間55分(第2期)
2009年4月3日 - 2010年3月26日 15:00 - 17:50(第2期)[11] 2時間50分(第2期)
2010年3月29日 - 14:55 - 17:45

当初は15:00にスタートし、18:00終了であったが、2010年3月29日より14:55に開始、『JNNニュースの森(現:Nスタ)』の全国パート開始時間繰り上げに伴って、17:45に終了となっている。

2006年4月10日からは、スタートが1時間繰り上がり、14:00 - 17:50までの3時間50分に拡大された。在阪放送局で4時間近くも情報番組を帯で放送するのは『ちちんぷいぷい』が初めてであり、当時は「今後、どこまでこの編成が受け入れられるか?」が注目された。

2009年9月28日から2010年3月26日までは、関西地区での後枠番組であるローカルニュース『VOICE』の開始時間が17:50に繰り上がったため、エンディング後の2分のCMを廃止。「血液型ぷいぷい占い」からステブレレスで『VOICE』に接続していた。この時期の『ぷいぷい』では、エンディング直前(17:45 - 17:49頃)に『VOICE』の予告コーナーを挿入。かつて当番組のアシスタントを務めた松川浩子(月 - 水曜)や高井美紀(木・金曜)が、VOICEのサブキャスターとして、報道フロアから中継で登場していた[27]

2010年3月29日から、『Nスタ』の開始や『VOICE』の放送時間の変更により、再びステーションブレイクが設けられたが、同年10月29日までは2分間のCMではなく1分間のCMであった。

[編集] 特別番組の対応

  • 北海道・有珠山の噴火(2000年)、アメリカ同時多発テロ事件(2001年)、イラク戦争(2003年)、JR福知山線脱線事故(2005年)など重大なニュース等による報道特別番組に伴う放送休止・放送時間の短縮がある。(JNN排他協定も参照)
  • 阪神戦中継などを毎日放送が制作し、18:15から放送する場合、『VOICE』が繰り上げられ、17:00 - 17:45に放送される。そのため、ぷいぷいは17:00終了となる。
  • 毎年年末年始に開催される『全国高等学校ラグビーフットボール大会』の決勝戦(たいてい1月7日が該当日となる場合が多い)が生中継全国ネット)される場合には、15:30スタートになることがあるが、2008年については、月曜日の放送と重なるが、2007年11月26日分の生放送中に、角自身から番組休止の旨を説明した。そのため2008年最初の放送は1月8日となり、2008年の月曜日初回は1月21日となった。
  • 2001年6月8日、同日午前中に発生した附属池田小事件のためオープニングを省略し、角が自らこのニュースを伝える形で番組を始めた(☆印は翌月に始まっている)。後半は報道特別番組のため打ち切り。
  • 2001年9月12日、アメリカ同時多発テロ事件報道に伴い、放送休止。
  • 2005年4月25日、JR福知山線脱線事故関連のJNN報道特別番組を13:00から組まれ、放送休止(なお、一部区間はMBS発)。
  • 2006年6月5日、村上ファンド村上世彰代表が証券取引法違反容疑で逮捕される見通しとなったことから、当日は多数コーナーが休止になる等、村上ファンド報道一色の番組内容だった。番組冒頭から石田英司のニュース解説で村上ファンド問題を15時15分頃まで伝え、17時30分頃に逮捕の一報を報じた。この日の「キッチンぷいぷい」は休止。「今出さんのお天気とプレゼント」は15時58分頃に、VTRコーナー「千鳥の駅前の嫁」は16時50分ごろに時間変更。角はこの当時にしては珍しく休憩をとらずに出演した。
  • 2006年9月6日の放送は秋篠宮妃紀子男児出産についての特番を放送のため、16:50ごろで打ち切り。JNNイブニング・ニュース特集(実質、本来関西地区では放送されないイブニング・ファイブ)が放送された。ちなみに番組冒頭の天気予報で大雨が近づいているという予報でなるみが「こんな日は3時間で終わって早よ帰ったほうがええね」と言ったがそれが本当になった。
  • 2007年8月27日 - 8月31日は、世界陸上大阪大会のハイライトが、16:00 - 17:30に放送されるため、放送時間が14:00 - 15:55に変更された(ぷいぷいニュースはMBSニュースとして分割され15:55 - 16:00に放送)。これにより、出演者の若干の変更があった。
  • 2007年9月12日、当時の首相・安倍晋三の辞意表明に関連する特番が13:58から放送、『ぷいぷい』は14:54開始。14時台のコーナーは休止、他のコーナーも時間変更。石田は一部を除き通し出演。
  • 2009年3月24日、ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)決勝「日本×韓国」戦中継が115分延長して『愛の劇場大好き!五つ子』・『ひるドラおちゃべり』の放送時間が繰り下がったため、『ぷいぷい』は16:00で一旦中断、17:00に再開される形で放送された。
  • 2009年9月16日は、「鳩山由紀夫新内閣発表」に関する『総力報道!THE NEWS拡大版』放送のため、放送時間を1時間繰り上げ13:53 - 16:53の放送となった(BSSは放送休止)。
  • 2011年3月11日(金曜日)には、当番組の本番直前(14:46)に東北地方太平洋沖地震が発生したため、当番組の放送枠を全編「JNN報道特別番組」に差し替えた。同月14日(月曜日)にも、当番組の前後に全国ネットで放送されるTBSテレビ制作の『ひるおび!』『Nスタ』において、放送枠を「JNN報道特別番組」扱いで拡大したため全編休止。当番組を再開した15日(火曜日)と翌16日には、放送枠を15:55 - 16:53に短縮したうえで、「関西で知りたいこと、できること」「メディアからの伝え方、メディアとの接し方」に主眼を置く構成で放送した。17日(木曜日)・18日(金曜日)には、同様の構成を続けながら、放送枠を14:55 - 16:53の2時間に拡大。週明けの22日(火曜日)からは、放送時間・放送枠を通常の編成に戻している。
  • 2011年4月11日(月曜日)には、 東北地方太平洋沖地震の発生から1ヶ月目に当たることから、『Nスタ』の放送枠を「JNN報道特別番組」扱いで拡大。その影響で、当番組の放送枠を14:55 - 15:55に短縮した。
  • 2011年8月29日(月曜日)から9月2日(金曜日)までの5日間は、レギュラー放送の時間帯の後半で世界陸上韓国テグ関連番組を編成。その関係で、レギュラー放送より放送枠を1時間繰り上げた(8月30日・31日は13:54 - 16:00で放送、9月1日・2日は13:54 - 15:00で放送)。8月29日も13:54 - 16:00で放送する予定だったが、前枠で放送されていた「JNN報道特別番組」(第15回民主党代表選挙の生中継)を急遽延長したため、当番組の放送枠を14:54 - 16:00に短縮している。なお、角と石田は夏季休暇で出演せず、角がレギュラーで担当する月・火曜の総合司会も西が務めた。[28]
  • 2011年11月15日(火曜日)には、15:50 - 18:10に2014 FIFAワールドカップ・アジア3次予選グループC最終戦・北朝鮮日本戦中継(TBSテレビ制作、平壌金日成競技場)のネット受けを実施。さらに、『Nスタ』を2部構成(15:00 - 15:50、18:30 - 19:00)、『VOICE』を特別編成による短縮版(18:10 - 18:30)でそれぞれ放送したため、当番組を全編休止した。
  • TBSが地上波テレビにおけるプロ野球ドラフト会議の中継権を確保した2009年以降は、同会議が平日の17:00から開催される場合に、当番組の放送内容・放送枠を変更している。2009年には、当番組の放送中に中継映像の一部を挿入。2010年以降は、全国向け中継の全編ネット受けを実施する関係で、当番組の放送枠を14:54 - 16:53に短縮している。

[編集] 2012年3月のタイムテーブル

表記されている時刻はあくまでも目安で、放送内容により、一部コーナーの放送順入れ替えや休止の場合あり。各コーナーの詳細は、企画一覧を参照の事。

  月曜 火曜 水曜 木曜 金曜
14:56.45 今出さんのお天気コールドオープン
15:00 オープニング、今日のラインナップ[29]リアル気温くん(不定期)、生中継予告(水・金〔月1回〕)
15:10 きょうの☆印 きょうの☆印/金曜生中継(月1回)
15:25 プレゼントコーナーニュース
15:35 きょうの☆印昨夜のシンデレラ
16:00 石田英司のニュース解説 ひとの噂も75日
16:20 きょうの晩ごはんは?キッチンぷいぷい
16:40 春の世界一周桜物語 世界一周/美術館に行こう!(不定期) 春の世界一周桜物語
17時台 お初にございます 初めて知りました!! 水曜生中継 昔の人は偉かった 大吉洋平への道(不定期) 千年千鳥/密着24時
学校に行こッ! 道案内しよッ! 初めて行きました(月1回)/八光頼むで! 週末ゴー!
17:40 エンディング 
17:42.15 ぷいぷい占い


[編集] 出演者

[編集] 現在のレギュラー・準レギュラー出演者

役割・名称は2011年10月時点での公式サイト内「出演者紹介」を参照。「 」内は番組内での愛称・肩書。

[編集] メインパーソナリティ(総合司会)

  • 西靖(MBSアナウンサー)
番組開始直後(1999年11月頃)、「(その当時の)火曜日の男性出演者が角しかいない」というハイヒールの指摘により、アシスタントとして出演。2004年頃から角の代理司会と「☆印」の代理進行を担当。帯企画で「どないなん?」を担当し、同時に取材の機会が多くなる。2006年10月以降は木曜日の、2007年4月からは木曜・金曜の、2010年9月からは水曜・木曜・金曜の総合司会を担当。2011年の「河田直也の60日間ほぼ世界一周 昔の人は偉かったザ・ワールド」(後述)の際には、河田の担当コーナーで代役を務めた。
「どないなん?」など数多くの企画を担当。当初は角の代打的なポジションにあったが、独身で一人でする趣味が多い事がネタにされ、西の独自色の強いコーナー企画に繋がる(本紹介の「本屋さん」は西の読書好きが転じた企画)。
2010年、「西靖の60日間世界一周」として世界を旅する。
角の卒業に伴い、2011年10月からは全曜日の総合司会を担当。また、第1回大阪マラソンを3時間42分38秒で完走した。

[編集] 「ぷいぷいパーソナリティーズ」

  • 石田英司(毎日放送スペシャリスト制作局CP、ニュース解説、「ニュースのおっちゃん」)
番組開始当初は「元社会部デスク」として出演。その後は、報道局社会部デスク→テレビ制作局制作一部専任部長を経て現職。番組開始当初から自らが進行する企画を受け持つ。それ以外はコメンテーターとして☆印に毎日出演する(17時台は出演しない)。2007年4月19日から、頚椎間板ヘルニア手術で入院(後述)。その後、5月7日に復帰した。
番組開始当初から天気予報を担当。角の呼ぶ「今出東ニさん」が「マデットおじさん」と聞こえる、というメールが送られてきたことから、「マデットおじさん」の愛称が付くようになった。
夕方の報道番組(『VOICE』、1999年10月から2000年9月までは『MBSナウ』)の天気予報も兼務。番組初期は料理コーナーの試食まで出演していたが、「☆印」が始まった頃から3時台のみの出演が多くなる。2006年8月7日以降、番組開始直後にお天気コーナーを行うようになり、出演がこの時のみとなった。2007年10月1日のリニューアルで、お天気コーナーが3時台に移動、引き続いて料理コーナーの試食に参加。2008年1月8日から天気予報が再々度オープニングに移動。これ以降、出演がこの時のみとなっている。
今出の休暇中には、かつて今出が勤務していた日本気象協会関西支社所属の女性気象予報士が出演する。過去には、鈴木晶子(2007年8月24日・2007年6月)、小原由美子(2007年6月)、吉村真希(時期不詳)、小川真季(2011年9月)などが今出の代役を務めた。

以下はいずれもMBSアナウンサーで、担当コーナー以外にも「☆印」・特別企画・生中継などに随時出演。メインパーソナリティの代理も担う。

  • 河田直也(『昔の人は偉かった』シリーズ担当、中継・世界班メンバー)
基本として木曜日のVTRコーナーや、「水曜生中継」(2011年10月開始)のリポーターも担当。過去には、木曜日の放送でニュースキャスターを務めたり、不定期で「金曜生中継」へリポーターで出演したりしたこともある。
カナダへの留学経験で培われた語学力や、 イ・ビョンホンに似た風貌を買われて、外国人俳優・アーティストへのインタビュアーをたびたび務めている。その一方で、担当コーナーが短命に終わりやすく、他の出演者から進行や(ロケ中にたびたび吐露する)腹痛などを弄られるシーンも多い。
2011年7月11日、前年の西に続いて「河田直也の60日間ほぼ世界一周 昔の人は偉かったザ・ワールド」の旅に出ることを発表。同月25日から9月23日まで、西回りの航路をたどった前年の「西靖の60日間世界一周」とは逆に、ほぼ東回りの航路で世界を一周した。ただし、西の場合と同様に、渡航先からも随時中継などで当番組へ出演している。
  • 山中真(「政治部キャップ」、「“明るい経済部”部長兼記者」、世界班メンバー、大阪マラソン「チーム山中」リーダー)
「金曜生中継」および「リアル世界くん」リポーター。当番組で政治関係の取材を担当する場合には「ちちんぷいぷい政治部キャップ」、経済関係の取材を担当する場合には「“明るい経済部”部長兼記者」という肩書を使い分けている。
過去の担当コーナーに、「どないなん?」「こりゃええ和」など。また、「金曜生中継」で『山中ゴエモン』と呼ばれることがある(詳しくは当人の項を参照)。
2008年1月に始まった「今日の?印」を機に毎日出演。2月、橋下徹大阪府知事へのインタビューを毎朝続ける「けさの橋下さん」がスタート。関西のマスコミに政治部という部署がないこともあり「ちちんぷいぷい政治部」が誕生(あくまで番組内の部署)、キャップに就任。これを足がかりに国政取材も行い、国会議事堂や政党本部からの生中継、国会議員への密着取材を敢行する。2009年4月から知事インタビューは月曜を中心に放送、金曜日は1年間、板東英二と共に『バンバンバン』で生中継を担当。2010年4月から再び、金曜生中継のリポーターを務めている。
2010年のFIFAワールドカップ・南アフリカ大会のグループリーグ・日本対デンマーク戦で現地取材。
2011年1月第2週から3月21日まで、毎日放送の海外研修制度でインドに滞在。滞在中にも、「リアル世界くん」内の中継・VTR取材企画「山中真 春までインドで暮らします」を通じて、当番組へ随時出演していた。また、前述の「大阪マラソンへの道」では、番組内の同マラソン参加者で組織する「チーム山中」のリーダーとして健脚を披露。毎日放送の番組からの参加者では最も速いタイム(3時間32分5秒)で、同マラソンを完走した。
  • 大吉洋平(「国際部キャップ」、「京都支局長」、世界班メンバー、京都マラソン「チーム大吉」リーダー)
「リアル世界くん」リポーター。当番組で担当する企画によっては、「ちちんぷいぷい国際部キャップ」や、「ちちんぷいぷい京都支局長」という肩書で出演する。
入社3年目の2010年8月11日の放送では、『60日間世界一周』の企画で海外渡航中だった西の代役ながら、当番組史上最年少(24歳)でメインパーソナリティを務める。過去の担当コーナーに、「どないなん?」「大吉洋平の大吉商店」など。
海外への留学・渡航経験が豊富で、英語が堪能なこともあって、海外取材が多い。2010年のバンクーバーオリンピックおよびFIFAワールドカップ・南アフリカ大会(グループリーグ・日本対オランダ戦、決勝トーナメント・日本対パラグアイ戦)で取材リポーターとして派遣される。また、本名の大吉(おおよし)が「だいきち」と読まれやすいことから、縁起ものの企画でよく進行役に起用される。[32]
2011年、番組の企画を兼ねて京都へ引っ越し。引越先は、放送上「ちちんぷいぷい京都支局」と呼ばれている。また、同年夏の特別企画「ただいま修行中 大吉京平への道」では、アナウンサーとしての職務のかたわら京都市内の名店への住み込み修行を経験。2012年には、同企画での修行や「リアル世界くん」での海外取材を続けながら、京都マラソンで人生初のフルマラソンに挑む。

[編集] 曜日別レギュラー出演者

「キッチンぷいぷい」に出演する料理人は、2011年10月の「キッチンぷいぷい」における紹介映像を参照。
その他の出演者は、2011年11月時点での前述「出演者紹介」を基に、2012年3月時点での情報を掲載。
◎:出演時点でMBSアナウンサー
★:『っちゅ〜ねん!』にのみレギュラー出演→同番組の終了を機に『ちちんぷいぷい』へ合流

月曜 火曜 水曜 木曜 金曜
スタジオアシスタント
レギュラーコメンテーターズ(曜日レギュラー)
コーナー出演
キッチンぷいぷい料理人
ニュースアナウンサー
  • 来栖正之◎
リポーター・コーナー出演者
  • 未知やすえ(月1回)
  • 松井愛◎(月1回)
  • 月亭八光
  • 河田直也◎(水曜生中継)
ロケ主体のVTRコーナーでは、(一部の企画を除いて)アシスタントの一部がリポーター・スタジオ進行役を兼務。[57]
木曜日の放送では代々、松竹芸能所属のタレントがレギュラーで出演している。

「ぷいぷい占い」は、松本が全曜日を通じてナレーターを担当。
水曜生中継で山中が河田の代役、金曜生中継で河田が山中の代役を務めることがある。
山中・大吉・松本は、「リアル世界くん」でも世界各国から交互にリポート(担当週にはおおむね月~水曜日に出演)。
この他にも、 子守康範が不定期で、「☆印」の企画取材・リポートを受け持つ。[58]
なお、吉竹が世界一周企画で海外へ渡航している間は、前田阿希子が金曜日のアシスタントも兼務する。

[編集] 不定期パネラー

準レギュラー、不定期出演。

2007年4月の出演者入れ替えで、金曜に出演していた未知やすえが水曜に移動、通しでの女性出演者が進行アシスタントの八木のみであったため、週替わりで西村知美や北斗晶、生田智子などらが出演していた。2008年4月に、ハイヒール・リンゴが火曜から金曜に移籍し、この制度は自然消滅・廃止となった。また、角の司会の月・火・水よりも西が司会する木・金曜日に東京を拠点とするタレント(主に渡辺正行ラサール石井、中尾彬など)が、準レギュラーや隔週レギュラーとして出演する事が多くなった。

この他にも、アーティストゲストとして、加山雄三服部隆之MALTA平原綾香などが定期的に出演。毎日放送がオーサカキングを開催していた時期には、服部隆之やMALTAが、当番組の音楽企画を指揮していた。

[編集] ぷいぷい顧問団

2011年10月時点(公式サイトより[61]
◎:MBS東京支社スタジオからの生中継で、「☆印」の一部にのみ出演する場合あり。

顧問の参加パターンは、全編にわたって出演するパターン、「☆印」以降に出演するパターン、スタジオへ出演しない代わりに(東京支社からの生中継などを通じて)特定の話題へコメントを寄せるパターンなど多岐に及ぶ。いずれのパターンでも、以上の顧問のうち、少なくとも1名が出演。かつては、浅井信雄国際政治学者、元野村総合研究所コンサルタント)[63]内田忠男国際ジャーナリスト名古屋外国語大学教授)[64]中島正純(元大阪府警捜査二課刑事、現在は衆議院議員[65]諸星裕桜美林大学大学院教授)が「顧問団」に名を連ねていた。

テーマによっては、網本浩幸(弁護士)や足立基浩和歌山大学経済学部教授)が「顧問団」に近いポジションで登場している。[66]

かつては、「☆印」で芸能関係の事件・訴訟を取り上げた際に、TBSテレビの芸能統括デスク(宇津木員夫→稲垣吉昭)からの電話リポートを放送。大相撲をめぐる問題を取り上げた時期には、かつて他局で大相撲中継の実況やダイジェスト番組に携わっていたベテランのフリーアナウンサー(杉山邦博山崎正)が出演したり、「☆印」にコメントを寄せたりしていた。

[編集] ちちんぷいぷい運動部

「政治部」「国際部(世界班)」「京都支局」「明るい経済部」に続く放送上の番組内部署として、2012年2月1日に発足。当番組でレギュラーコメンテーターを務めたり、レギュラーに準ずる扱いで出演したりしている以下のスポーツ関係者が、現役時代の種目に関する話題を「★印」で扱う際にスタジオ解説やVTR取材を実施する[67]。また、レギュラー出演者がスポーツに挑戦する企画で、コーチを務めることもある。

  • キャプテン:井上雅雄(毎日放送のスポーツアナウンサー、不定期出演)
  • 野球:遠山奨志(毎日放送野球解説者、元阪神投手・コーチ、水曜日を中心に不定期で出演)[68]
  • サッカー:本並健治(元ガンバ大阪ゴールキーパー、不定期出演)[69]
  • 陸上競技(長距離走・マラソン):千葉真子(番組内のマラソン挑戦企画のコーチも兼任、不定期出演)
  • ラグビー:大畑大介(月曜日)
  • バドミントン:小椋久美子(主に木曜日、他曜日に出演する場合もある)
  • トランポリン:廣田遥(木曜日)

ちなみに、「運動部」が発足する前の2011年には、阪神関連の話題で平田勝男(毎日放送野球解説者、元阪神内野手・コーチ・二軍監督)が不定期で出演。同年から阪神ファンであることを放送で名乗り始めた西の「師匠」として、阪神の戦い振りをスタジオで解説したり、西による同球団のキャンプ・公式戦取材に同行したりしていた。

[編集] 休暇時の対応

角は3季の休みのほかに、「3連休だから、もう1日休んで4連休に」という考え方で、休むことがしばしばある。角が休暇時は、かつて、その日のスタジオアシスタントなどがパーソナリティを担当したが、2004年頃からは角の片腕的存在の、西がパーソナリティを代替的に担当した。

2006年4月のリニューアル以降は、角が休暇の場合、14時台(VTRコーナーまで)を上泉、15時台(料理の後のニュース)以降を西の両アナウンサーが、それぞれメインパーソナリティを担当するというのが基本であるが、上泉・西のいずれかが不在の場合はどちらかが4時間メインパーソナリティを担当する。上泉のみが不在の場合、VTRコーナーまでを西が担当するなど臨機応変に担当していた。

過去に代役でメインパーソナリティを担当した人
  • 浜村淳
  • 河田直也(2010年には『西靖の60日間世界一周』企画に伴い、本来西が担当している木曜日のメインパーソナリティを8週にわたって担当。2011年にも、7月に西が夏期休暇を取った際に、金曜日の放送で代役を務めた)
  • 山中真(河田と同じ理由で、2010年に金曜日、2011年に木曜日で代役を担当)
  • 八木早希2009年1月23日、西のインフルエンザにより女性初のメインパーソナリティを担当した。アシスタントは千葉猛が務めた)
  • たむらけんじ(2010年8月9日)
  • 宇治原史規ロザン)(2010年8月10日。過去に今日の!の進行や☆印の代役を務めたことがある)
  • 大吉洋平(2010年8月11日)

[編集] 角の病気入院

2006年6月12日、角は15時30分頃のニュースコーナーから出演し、角が「胆石を患っていて、薬を飲んで治療しています。現在は、お粥だけの食事で、病気ダイエット中です。今は立って仕事をするのがつらい」と自ら告白した。また、番組のコーナー内で、6月29日に手術をするということも明かした。角が出演しても、「☆印」など通常は角が進行を務めるコーナーの進行は、暫くの間は西が担当することになった(月曜は14時台のメインを務める上泉が引き続き担当)。

2006年7月10日の放送で、胆石の手術が成功した事を、角自ら病床で撮影したVTRで報告した。それと同時に前立腺肥大の手術をするため、もうしばらく療養する事も報告した。そして、7月14日に角が退院した事が7月17日の「増刊号」内のテロップで報告された。その後、7月20日の放送から復帰した。その日の放送で前立腺肥大の手術は7月7日に行った事も明かしていた。 これ以後は、角は週に2日以上必ず休むようになった。

[編集] 石田の入院

2007年、石田英司が頸椎椎間板ヘルニアによる手術入院に伴い、番組に出演しないことが本人から発表された。その期間は、代役が設けられた。

[編集] 過去のレギュラー・準レギュラー出演者

★:『っちゅ〜ねん!』にのみレギュラー出演→同番組の終了を機に『ちちんぷいぷい』へ合流

総合司会
  • 角淳一(正しくは「角」の縦棒は「用」の様に突き出す。番組内では全てそのように表示)
番組開始から2004年6月まではMBSアナウンサー。以降は、2011年9月30日まで同局専属パーソナリティとして出演。
後述通り、2006年に入院のため一時休養。復帰後は基本として、木・金曜に出演しなかった。2010年9月以降の水曜日には、総合司会を西に任せる代わりに、パネラー扱いで出演。特に2006・7年はイレギュラーに番組で放送予定のゲストインタビューの収録や、他番組のロケ、健康診断や体力のバランスを考えて、途中から参加する日や出演しない日が多かった。また、放送時間が4時間だった時期には、キッチンぷいぷいを休憩に充てるため、出演しなかった。
2011年8月15日の放送中に、総合司会およびレギュラーとしての出演を、9月いっぱいで終えることを発表[70]。9月30日の放送が最後の出演になった。ちなみに、出演最終週の放送では、西に任せていた水 - 金曜の総合司会も特別に担当している。
当番組では、角のレギュラー出演終了後も、角のキャラクターを随所で活用している。
卒業後の2011年10月から一新されたスタジオセットには、角をかたどったオブジェや「角だぬき」(2008年にオーサカキングとの連動企画によって数量限定で製作・販売された信楽焼製の白いミニチュア全身像)が随所に飾られている。
2012年1月には、当番組と山崎製パンコラボレーション企画「ちちんぷいぷい コラボパン」第2弾(西・山中・河田・大吉がパンのプロデュースを担当)と連動したキャンペーン「ウルトラパン大作戦」(後述)に、ウルトラパンの父として登場。2月6日の放送では、ウルトラの父を模したコスチュームで、オリジナルのギャグを交えながらVTRを通じて4人に激励のメッセージを送った。ちなみに、角がレギュラー出演終了後に当番組へ登場したのは、このVTRが初めてである。
2006年4月のリニューアル(4時間放送化)を機に降板
2006年4月以降

『っちゅ~ねん!』の放送枠を統合した関係で、同番組のレギュラー出演者の一部が当番組に合流。出演者が一時的に急増したこともあって、出演者を流動的に入れ替えるようになった。ラサール石井奥山佳恵関根麻里などのように、いったん降板してから、準レギュラーとして出演を再開する場合もある。この時期以降に降板する出演者の大半は、放送上特に降板の告知をしないまま、番組から姿を消している。ただし、番組開始から9年間レギュラーを務めた板東英二が2009年3月でいったん降板した際には、最終出演日(同月26日)に9年間の活躍を振り返るVTRの放送や花束贈呈などがあった。

[編集] 過去のレギュラーアナウンサー

○:降板後もスタジオアシスタントとしての出演経験あり
●:降板後もコーナーゲストとして不定期に出演(担当番組のPRなど)
△:降板後も不定期で一部コーナーのナレーションを担当

  • 関岡香※○△ - 放送開始から月曜アシスタントを担当。2006年3月末で降板。
  • 高井美紀◎ - 放送開始から火曜アシスタントを担当し、2000年9月末をもって産休のため降板。その後、『VOiCE』サブキャスターとして報道フロアからの中継で出演していたことがある。
  • 岩城潤子 - 放送開始から金曜アシスタントを担当し、人事異動に伴い2000年9月末をもって降板。
  • 上田崇順※△- 武川智美の産休に伴い、2005年7月より火曜アシスタントを担当。2006年3月末をもって降板。
  • 石田敦子 - 放送開始から中継リポーターを担当。2002年3月末で降板。人事異動でアナウンス室を離れた後に、ナレーターを務めたことがある。
  • 大八木友之 - 中継リポーター。『VOICE』への出演などを機に降板。
  • 北澤咲弥花 - 中継リポーター、2000年3月の番組降板と同時期に退社。
2006年4月以降
  • 小野陶子 - アナウンサー企画担当や火曜アシスタントとして出演。2006年10月4日に降板後、同月末日をもってMBSを退社。
  • 武川智美 - 産休をはさんで、金曜→月曜アシスタントとして出演。家族の看病を目的に再度休暇に入ったため、2008年4月に降板。
  • 上泉雄一 ●- 番組開始以降、『っちゅ~ねん!』の司会を担当した2003年度と2007年度を除いて、2008年9月まで断続的にレギュラー出演。2008年度のアノンシスト賞グランダ・プレミオ(大賞)を受賞するなど、山登り中継のリポーターとして知られた。2006年4月から1年間、金曜の総合司会を担当。2008年4月に復帰してから、同年9月まで金曜中継に隔週で出演していた。2009年4月以降は、MBSラジオで平日の帯番組『上泉雄一のええなぁ!』を担当している関係で、同局のスペシャルウィークの直前や期間中に不定期で登場している。
  • 野村啓司 ●△- 出演時点でアナウンサー室から離れていたが、最年長リポーターとして金曜中継などを担当。担当期間中に定年を迎えた。現在は、当番組と同じ時間帯に放送中の『ノムラでノムラだ♪ EXトラ!』(MBSラジオ)へ出演中。
  • 松川浩子 ◎- 産休をはさんで、アナウンサー企画担当や木曜アシスタントとして出演。『VOICE』の月 - 水曜サブキャスターに起用されたため、2009年9月25日で降板。その後、『VOiCE』サブキャスターとして報道フロアからの中継で出演していたことがある。
  • 斎藤裕美○- アナウンサー企画担当として出演。担当コーナーの終了により2009年12月に降板。降板後も、2011年7月5日(火曜日)の放送に、アシスタント代理として久々に出演した。
  • 上田悦子 - 産休をはさんで、アナウンサー企画担当や月曜アシスタントとして出演。2度目の産休に入ったため、2010年3月に再度降板。直前まで担当していた月曜アシスタントの後任は古川圭子。
  • 鈴木健太- 「どないなん?」木・金曜担当のリポーターとして、2009年10月からレギュラーで出演するも、同月限りでコーナー自体が消滅。その後は、水曜日を中心に、不定期で「★印」の取材リポートを担当していた。2010年3月正式に降板。
  • 八木早希 - 上泉とともに『っちゅ~ねん!』の司会を務めていた2003年頃から断続的に出演。スタジオアシスタント、得意の韓国語・英語を生かした海外取材のリポーター、メインパーソナリティの代理などを務めた。2011年3月1日(火曜日)放送の「リアル世界くん 世界の学校」でのスタジオ出演を最後に当番組を卒業。同月末でMBSを退社した後に、フリーアナウンサーへ転身した。転身後も、当番組内で放送のインフォマーシャルに登場したことがある。
  • 加藤康裕 △- 2009年4月から月・火・木曜のニュースキャスターを担当。西村がキャスター陣に加わった2010年10月から2011年9月までは、火・水曜のニュースコーナーに出演していた。現在は、『ノムラでノムラだ♪ EXトラ!』火・木曜日のニュースキャスターとアナウンスセンター長を兼務。

以下のアナウンサーは、2009年度のナイターオフ期間にパーソナリティを務めた『MBSたびぐみ とっておき旅ラジオ』(MBSラジオ)と連動した企画で、2010年1 - 3月に金曜日の『週末ウォーカー』へ出演したスポーツアナウンサー。

  • 馬野雅行 ●- 「週末は電車に乗ろう」担当で、隔週金曜日に出演。自他共に認める鉄道ファンで、以前から鉄道関係の話題を扱う際に、不定期で取材・中継を担当していた。レギュラー出演を終了した後も、鉄道関係の企画に登場したり、コメントを寄せたりしている。
  • 金山泉 - 「金山泉のお寺探訪 拝みます」担当で、月1回金曜日に出演。2009年2月に中京テレビから中途採用扱いで移籍したため、当番組がMBSテレビでの初レギュラーになった。

[編集] 過去のキッチンぷいぷい料理人

  • 駒井友未子
  • アイリーン・ヤン
  • 富田常夫(通称「ムッシュ」)
  • 小木曽茂春 - なるみには、「おぎおぎ」と呼ばれていた。
  • 丹羽永実(通称「エミちゃん先生」)
  • 中村正明
  • 李通發
  • 馬淵誠
  • 大田忠道
  • 中辻利宏

[編集] 番組使用曲

オープニングテーマとCM前に流れる音楽(ジングル)の作曲は花*花こじまいづみで、携帯電話の着メロにも採用されている。エンディングテーマは約10年間花*花の楽曲を使用してきたが、2010年からは番組が企画した、数組のアーティストによるオリジナル楽曲を使用している。

オープニングテーマ
  • 「ぷいぷい行進曲」
エンディングテーマ
CMに入る時のジングル
  • 曲名不明

放送開始以来同じ曲が使われているが、2003年9月16日阪神タイガースが18年ぶりのリーグ優勝を決めた日の翌日)の放送では、CMに入る時に普段のジングルではなく「阪神タイガースの歌」 (六甲おろし)が流れた。浜村淳が角の代理司会を務めた際には、自身が出演している同局ラジオ番組ありがとう浜村淳です』のオープニング曲を使用して、出演者の紹介を行ったり、CM前には『ありがとう』で使用されている「ありがとう」のコーラスの後に、通常は浜村による「浜村淳です」とアナウンスされる部分を、ぷいぷいさんのラッパ音「ぷいぷい」と置き換えたものを使用し、CM明けにも『ありがとう』で使用されている「ありがとう毎日放送です」というジングルも使用した。2011年11月2日に、同日発売された「未来の花束」の宣伝活動の一環として『THE NAKAJIMA HIROTO SHOW 802 RADIO MASTERS』(FM802)に河田が生出演し、サイマル放送が実施された際、両番組のジングルをリミックスしたオリジナルのジングルが使用された。

[編集] 番組キャラクター:ぷいぷいさん一家

デザインは、愛・地球博の「モリゾー・キッコロ」、中部国際空港のオリジナルキャラクター「セントレアフレンズ」などを手掛けたアランジアロンゾの作品に作風が似ているが、実は違う(アランジアロンゾの冊子、アロンゾペーパーで本人が主張)。所謂「ぷいぷいさん一家」(『せやねん!』の「せやねんちゃん・ちゃうやろちゃん」、『あさやん!(終了)』の「あさやん・あさにゃん」、『あん!(終了)』の「あんちゃん・まんまんちゃん」と、毎日放送のローカル情報番組のキャラクター)には「MBS/PUIPUI」のコピーライト表記が入っている。このぷいぷいさん一家、関西一円では絶大な知名度を誇っており、人気も高い。毎日放送本社1階にある売店「ネビュラ」ではストラップやメモ帳、ステッカーなど数多くのグッズも販売されている。

番組セットには、手作りのぷいぷいさん一家のぬいぐるみが置いてあり、季節やイベント(クリスマスやバレンタインなど)によって着る物や持っている物が変わる。なお、一家の性別は不詳であり、出演者紹介のテロップでは、男性パネラーに「ひーさん」、女性パネラーに「わんわん」がいるが、特に「ひーさん=男」「わんわん=女」という訳ではない。

番組の芸能コーナーに出演した歌手やタレントには、ぷいぷいさん一家のぬいぐるみやグッズが手渡され、よろこばれている。陣内智則と結婚した藤原紀香が、加古川市役所に二人で婚姻届を提出する際に、ぷいぷいさん一家のクリアファイルの中に婚姻届をはさんで届け出た。番組関係者や番組出演者には事前にその事実は伝えられておらず、中継画面に映し出されて出演者みんなが感動する一幕もあった。

公式プロフィール等は「ちちんぷいぷい公式ホームページ」(外部リンク参照)へ。

ぷいぷいさん
赤と黒の横縞模様の服を着ている。帽子は脱げない理由があるらしい。なお、「キッチンぷいぷい」ではコック帽を被っており、帽子の上にさらに帽子を被る状態になる。肌身離さず持っているラッパは、たまに野球のバット代わりに使われる。短期間ながら、らいよんチャンデビュー前は、MBS全体のイメージキャラクターも務めた事もある。また、初期のものと現行のものとでは若干相違がある。
わんわん
「ぷいぷいさん」の飼い犬。板東英二が、「じろう」と勘違いしていたことが番組中で発覚(2007年6月28日放送分より)。
ひーさん
ふとんのシーツのような姿をしており、動作が緩慢。
くもくもとりさん
2006年4月10日放送分から登場した第4のキャラクター。オレンジ色のボディーを持つ、雲と鳥の混成体。せやねんちゃん・ちゃうねんちゃんとは「飛び仲間」らしい。オープニングのCGアニメではぷいぷいさん専用のグライダーとしても使われる。

[編集] 競走馬企画

『ぷい正月2002 〜これでいいのだ〜』の番組内で、2002年が午年ということもあり競走馬の企画がスタート。角の知り合いでマヤノトップガンの馬主でもあった田所祐(田所病院院長)と本谷兼三神戸市のホテル「ホテルピエナ神戸」代表取締役)の計らいで、田所氏の持ち馬のうちの1頭に「チチンプイプイ」と、本谷氏の持ち馬のうちの1頭に「コレデイイノダ」と名付けてもらい、番組でこの2頭の「追っかけ」をすることになった。

チチンプイプイ
2000年3月16日生まれ。牝。鹿毛。栗東梅内忍厩舎。父:マヤノトップガン、母:マヤノジョウオ(母の父:ハビトニー)。馬主:田所祐→田所英子。生産牧場:佐々木節哉。通算24戦3勝。2006年1月18日付けでJRAの登録を抹消され、繁殖入りをした。
2004年、競馬月刊誌「サラブレ」で毎年行われている「年度代表珍名馬」の読者投票で、459票中98票を得て2003年度の年度代表珍名馬に選ばれた。番組が放送された関西地区からの支持が圧倒的だったとされる。番組の中で表彰式が行われた。もっとも、「年度代表珍名馬」の主宰である競馬ライターの梶原もじゃは「チチンプイプイ」を最初に紹介した際、その名前がまさか番組名だとは思わず、おまじないの方だと思っていたが、関西の競馬ファンからの投書で初めて番組名であることに気づいた。
コレデイイノダ
2000年4月8日生まれ。牡。鹿毛。栗東・藤沢則雄厩舎。父:バブルガムフェロー、母:ウェディングダイヤ(母父ブライアンズタイム)。馬主:本谷兼三。生産牧場:吉田又治。通算66戦6勝、2着10回。2010年1月20日付けでJRAの登録を抹消された。
2003年3月8日、チチンプイプイより先に勝ち上がり(鞍上・武豊。その模様は早速翌日の番組内で放送)、同年4月27日に2勝目(鞍上・武豊)を挙げた後オープン特別レースにも出走したが、その後脚部不安により長期休養を強いられ、2004年8月に1年3ヶ月ぶりにレースに復帰した。2005年8月14日には1年4ヶ月ぶりとなる3勝目(3歳上500万下)を挙げ(鞍上・川島信二)、2006年4月9日には番組が4時間に拡大することへの前祝いでもなかろうが、横山典弘を鞍上にして、赤穂特別(1000万下)をハナ差で制した。その後、2007年1月20日の河原町特別(1000万下)を安藤勝己を鞍上にして、クビ差で制した。2007年3月18日中京競馬場でのトリトンステークス(1600万下)では、鞍上に竹之下智昭を迎え、出走16頭中15番人気ながら、1着馬にクビ差の2着に入り、三連単で65万7,510円の配当という万馬券の立役者となった。これで目が覚めたのかたまたまなのか、続く中山競馬場での船橋市制70周年記念(1600万下)では10番人気で2着、阪神競馬場での淀屋橋ステークス(1600万下)では4番人気で3着と好走を続けていた。翌走京都競馬場での洛陽ステークス(1600万下)では勝ち馬とクビ差の2着に入着。更に、翌走中京競馬場での飛騨ステークス(1600万下)では勝ち馬とクビ差の2着に入着と更なる好走を続けていた。
内にササる癖があり、また「最内枠がダメ」など好走するための条件が結構ある。脚部不安の影響もあってかほとんどダートのレースを使われていたが、2008年12月14日の六甲アイランドステークス(1600万下)で芝での初勝利をあげた。

[編集] ちちんぷいぷい物産展

2004年から毎年4月中旬に開催されている物産展。2008年までは、阪急百貨店とMBSのタイアップ企画として、同百貨店のうめだ本店(大阪市北区)の大催物場で実施されていた。「キッチンぷいぷい」に出演中の料理人と番組スタッフ(2007年にはそれに番組出演者も加わった。)が企画・開発した「ぷいぷい弁当」が目玉商品で、初日数分で売り切れる。この他、番組で紹介した拘りの一品料理(『いっぺんだけ!』で角淳一らが食べた料理や、野村啓司が中継先で試食した絶品料理)や全国各地からの惣菜・菓子・生活用品などを販売する。2007年には八木早希松川浩子松本麻衣子の女子アナウンサー3人の企画による「ぷいぷいケーキ」が発売された。

2005年から阪急百貨店うめだ本店7階に「ちちんぷいぷい情報ステーション」を開設した。「ぷいぷい物産 いっぺんぜひ!」等で紹介された品物を展示・販売している(品物によって展示だけで販売されないものもある)。2009年10月中旬には、「ちちんぷいぷい」の番組開始10周年を記念して、「阪神のちちんぷいぷい秋のうまいもん物産展」が阪神百貨店梅田店(阪急百貨店の近隣にある店舗で、同じエイチ・ツー・オー リテイリング傘下)8階催場で初めて開催された。[80]

[編集] 他局とのコラボレーション企画

2005年9月9日、司会の角淳一が関西テレビの朝のワイドショー『痛快!エブリデイ』に生出演。この週は『エブリデイ』が放送3000回を迎えた記念すべき1週間であり、金曜の企画「こんとい亭」のゲストとして角が関西テレビの番組に初めて出演した。角がゲストということで、CM前のジングルも『ちちんぷいぷい』で使われている物と同じ音楽を使用、さらに、『ぷいぷい』のCM前カットに『痛快!エブリデイ』と書かれたのがCM前カットとして使われた。そして、同日の『ぷいぷい』に『エブリデイ』の司会を務める落語家桂南光が生出演。角が『エブリデイ』に出演した時の模様が『ぷいぷい』で紹介された。この日は『ぷいぷい』と『エブリデイ』の"コラボレーション"が実現した日でもあった。

南光は2006年4月から、『ぷいぷい』へのレギュラー出演を開始(2009年3月まで水曜日)。角は、『エブリディ』への出演後、『ムハハnoたかじん』(関西テレビ、2009年3月放送終了)や『なるトモ!』(読売テレビ、2009年3月放送終了)や各種イベントにも登場した。その際には、出演者・参加者の言動や演出が、『ぷいぷい』をかなり意識したものになっていた。

[編集] タイアップ商品

[編集] 「ちちんぷいぷい 角の☆印弁当」

当番組とセブン-イレブンの共同開発により、2009年5月27日から関西地区のセブン-イレブンで2週間限定で発売されたすき焼き弁当。「地産地消」をテーマに、近畿2府4県で生産された食材のみでおかずを構成したため、「関西を元気にするコンビニ弁当」というキャッチフレーズが付けられた。2週間の売り上げは約50万食(発売終了後に当番組で発表)。発売期間中には、角が登場する弁当のスポットCMが、MBSテレビ限定で放送されていた。

[編集] 「ちちんぷいぷい コラボパン」

当番組では、山崎製パンとのコラボレーションで、2010年2012年にオリジナルの菓子パンや総菜パンを開発。期間限定のプロデュース商品として、近畿・中国・四国のスーパー・コンビニで発売している。

[編集] 2010年(角パン・西パン)

2010年6月15日から8月30日まで発売。淡路島神戸で収穫されたいちじくから作られたオリジナルのいちじくジャムを使用した角プロデュースの「レーズンコロネ いちじくジャム&れん乳ホイップ」「ランチパック いちじくジャム&れん乳ホイップ」(以下「角パン」と略記)、出身地である岡山県のご当地グルメ・デミカツ丼をパンにした西プロデュースの「デミカツパン」(以下「西パン」と略記)の3種。宣伝隊長としてU.K.が「パンだパンいちろう」として宣伝活動を、近畿地方や徳島県などのスーパー・コンビニなど各地で行い、その模様は発売後、毎日番組内で静止画で紹介された。また当時参院選が行われる時期だった事にかけて、「パン院選」という、3種のパンのうち、売上がトップになるのはどのパンかを視聴者が予想する企画も行われ、「デミカツパン」が1位となった。8月には460万個を超える大ヒット商品となり、山崎製パンの社員が2010年7月31日に毎日放送に訪れ、角にヒット御礼の特製ケーキを贈呈した。この模様は2010年8月2日の番組内で放送された。最終的な売上個数は、「角パン」の総計で約500万個、「西パン」で約173万個であった。

[編集] 2012年(ウルトラパン大作戦)

レギュラーアナウンサーの西・河田・山中・大吉が2011年9月中旬からプロデュースに携わった以下のパンを、2012年1月23日月曜日)から2ヶ月限定で発売。「ウルトラパン大作戦」と称するキャンペーンを通じて、4種類のパン合計で「角パン」の累計売上個数を更新することを目指している。

  • 西:「愛の新婚朝ごはん 目玉焼き風&ソーセージパン」(以下「西パン」と略記)
  • 山中:「つぶあん&ヨーグルト風味ホイップパン」(以下「山中パン」と略記)
  • 河田:「ランチパック トマトジャム&トマト風味ホイップ」(以下「河田パン」と略記)
  • 大吉:「味噌だれ風味の豆腐ハンバーグパン」(以下「大吉パン」と略記)

ウルトラパン大作戦」は、ウルトラシリーズを制作した円谷プロダクション公認のキャンペーンで、名前には「ウルトラ級(500万個)の売上を記録した角パンを超えたい」という上記4人の願望を込めている。

折しも、2012年にウルトラシリーズが開始45周年を迎えることから、当番組では同シリーズにちなんだポスターをキャンペーン用に製作した。ウルトラマン風の西・河田・山中・大吉がそれぞれ清水の舞台から飛び降りる構図のポスターで、ウルトラ隊員風の衣装に身を包みながら販売店でのキャンペーンや取材を担当する「ウルトラパン宣伝隊員」のくっすん・市川義一・酒井藍吉本新喜劇)に加えて、既に当番組のレギュラーを退いていた角も「ウルトラパンの父」として描かれている。

また当番組では、前述の「パン院選」に続いて、ハガキ限定の視聴者参加企画「ハガキで4連パン」を発売1週目(1月23日~27日)に実施。競馬三連単予想にちなんで、発売1週間(23日~30日)のパンの売上個数の多い順に1位から4位まで予想させる企画で、31日(火曜日)の放送中に以下の結果を発表した。この結果は5番人気の予想と一致していたため、的中者から抽選で5名にルンバ (掃除機)のハイエンド・モデルを進呈している。

  • 1位:西パン(83万990個)
  • 2位:山中パン(67万1,375個)
  • 3位:大吉パン(63万1,628個)
  • 4位:河田パン(54万2,210個)※発表後に始まった「2012年ヤマザキ春のパンまつり」対象商品

なお、「ハガキで4連パン」に想定を上回る数の応募(約6万通)があったことから、当番組では同企画の続編として「今週の○○パン」(番組で毎週指定する1つのパンについて、上記4つのパンの中での売上の順位を1週間単位で予想させる企画)を実施。2月10日(金曜日)には、上記のパンを販売していない東京都内の円谷プロ本社において、「ウルトラパン宣伝隊員」の酒井が同社のスタッフ(特殊技術の彫刻家として知られる品田冬樹など)にパンを差し入れた模様のVTRも放送した。

4種のパン合計での累計売上個数は、発売1週間時点で約267万個で、前回の「角パン・西パン」(約199万個)から大幅に増加[81]。発売3週間目には、「西パン」単独での累計売上個数が100万個を超えたのをはじめ、売上総数が約350万個に達した[82]。さらに、2012年2月第3週の時点で、売上総数が500万個を突破。発売開始から1ヶ月足らずで、「角パン」の売上記録を更新するに至った[83]

なお、2月6日の放送には、角が「ウルトラパンの父」としてVTRで登場。「西パン」に200万個、「山中パン」「河田パン」「大吉パン」に各100万個の売上目標を課したうえで、目標を達成できたアナウンサーには「ウルトラパン」(ウルトラマン風の衣装を全身にまとったキャラクター)として販売店への「達成御礼行脚」に出向くことを求めた。その結果、目標を達成した順に、山中が「ウルトラパンエース」、大吉が「ウルトラパンタロウ」、河田が「ウルトラパンセブン」への“変身”を遂げている。

[編集] 書籍

「キッチンぷいぷい」に関するレシピ本がこれまでに7冊、ぴあより発売されている。

また、名物企画だった山登り中継に関する本が山と渓谷社より発売されている。

西と河田による60日間世界一周企画については、いずれも帰国後に、旅の記録をまとめた公式ブックをぴあから発売している。

  • 西靖の60日間世界一周旅の軌跡(2010年10月発売) ISBN 4835619331
  • 河田直也の60日間ほぼ世界一周 ~歩いた、描いた、旅の絵日記~(2011年11月発売)ISBN 4835619609
  • 河田直也の60日間ほぼ世界一周 ~歩いた、描いた、旅の絵日記~(特典映像DVD付き、2011年11月発売)ISBN 4835619625

[編集] 特別番組

[編集] 関連番組

土曜日の9:25 - 12:54に放送の情報番組。トミーズ未知やすえ千鳥松井愛上泉雄一などが出演。主な企画は「今週の気になるお金!」など。開始から半年間は、ぷいぷいのセットを一部間借りして放送。現在はUSJ内にある「MBSスタジオ in USJ」から放送している。
毎週土曜8:00 - 9:25に放送。オセロ桂ざこば中尾彬高井美紀らが出演。中尾はこの番組の為に大阪で前日泊する為、病気療養前はぷいぷいの金曜日に出演(隔週ペース)。
毎週月曜深夜に放送する明石家さんまが司会のバラエティ番組。角は同番組を毎回録画しているという。間寛平が番組のエンディング「なんやホレホレ!そこにホレ!お土産ゲッチュー外しちゃいやーん」というコーナーで扮装したキャラクター(先っちょマン)で、金曜日の中継コーナーに4回出演したことがある。また村上ショージが「ジャンジャンバリバリ1000玉王」でちちんぷいぷいのパロディー「ちちんぶいぶい」を披露。
毎週月 - 金22:00 - 24:30にMBSラジオで放送されている「ぷいぷい」の兄弟番組(夏期野球中継延長時は時間短縮)。「ぷいぷい」に出演している若手アナウンサーを中心に、日替わりでパーソナリティを担当。番組開始当初は、当番組の17:43頃で放送を告知していた。
MBSラジオがナイターオフ期間にレギュラーで放送している旅行情報番組で、放送曜日は年度によって異なる。古川圭子山中真(いずれも2009年度から)、前田阿希子(2010年度から)、大吉洋平(2011年度から)など、「ぷいぷい」のレギュラーアナウンサーが日替わりでパーソナリティを担当。上泉雄一上田悦子八木早希西靖河田直也にもレギュラー出演の経験がある。2010年1~3月には、馬野雅行金山泉による日替わり企画と連動したコーナーが、「ぷいぷい」金曜日で放送された(前述)。
放送を終了した番組
  • 福番』(テレビ、2000年10月 - 2001年3月)
毎週月曜から木曜の10:25 - 11:20に放送。松井昭憲が司会。初代ぷいぷいセットの茶の間から放送していた。
  • あさやん!』(テレビ、2002年4月1日 - 2003年3月28日)
毎週月曜 - 金曜7:45頃 - 8:22に放送。メインパーソナリティは、原田伸郎大月勇上泉雄一両アナウンサーがアシスタントを務めた。
  • あん!』(テレビ、2004年3月29日 - 2005年3月25日)
毎週月曜 - 金曜7:25頃 - 8:22に放送。司会は上泉が担当。
毎週月曜 - 金曜14:00 - 14:55に放送。司会は上泉が担当。マスコットキャラクターの作者が違い、厳密にはぷいぷいシリーズには含まれていない。時々、角淳一がオープニングで挨拶する時に、一言ダメだしを(例えば「宇治原、最後のコメントダメやわ」という感じで)することがあった。「ぷいぷい」の4時間放送化で、「ぷいぷい」に放送枠を吸収される形で終了する。
(当番組の前枠)毎週金曜13:55 - 14:55放送。当番組の中継コーナーを分離・独立させて全国ネット化、「ひるおび!」金曜14時台の位置づけ。
毎週土曜13:00 - 17:43に放送されていた音楽リクエスト番組。一時金曜日で放送されていた「西靖のわくわく金曜リクエスト」は、この番組名にちなんだコーナーであった。2010年3月に西が番組を卒業したため、河田直也を桜井のパートナーに据えた事実上の後継番組『河田直也&桜井一枝のうきうき土曜リクエスト』が、同年4月から同じ時間帯で放送されている。
初回の放送で角淳一がゲスト出演。100回記念放送では、番組レギュラー陣が「ぷいぷい」の生放送をジャックする趣向でクイズを実施した。2010年1月20日放送で「すごくおいしいうた」の宣伝を兼ねて「BRIGHTのダメ出しハーモニー」に出演。最終回には、角がコメントを寄せていた。

[編集] スタッフ

[編集] 2011年5月現在

  • 編成:吉本一弘
  • 広報:合田忠弘
  • ディレクター:向功、尾嵜豪、坂上大介、西谷好弘/吉岡洋、家村浩之、早川紗世、橘良太、片瀬伊久美、横谷裕也、稲葉知周、三里隆之、藤岡裕一郎、松尾多喜二、永田洋介
  • 総合演出:村田元(以前はディレクター→プロデューサー)
  • プロデューサー:宗川圭太
  • チーフプロデューサー:田渕伸一(以前はプロデューサー)
  • 制作:岡田公伸(以前は、チーフプロデューサー)
  • イラスト:川崎あっこ
  • 技術協力:関西東通、サウンドエースプロダクション、アーチェリープロダクション、音選屋、イングス放送映画製作所、マイシャ、ビデオユニテ
  • 美術協力:毎日舞台、デジタルカラー、高津商会、インターナショナルクリエイティブ、タイトルラボ、デジタルスクープ、新光企画、藤貴園芸、MORE
  • 制作・技術・美術協力:MBS企画
  • 製作著作:毎日放送
    • ディレクターの尾嵜豪は、2008年4月から「お魚博士」として自身がリポートするレギュラーコーナーを持っている。それ以前にも中継や☆印などに出演する機会があった。

[編集] 過去のスタッフ

  • プロデューサー:横田一
  • チーフプロデューサー:寺西厚史(以前はプロデューサー)
  • 制作:三村景一(以前はプロデューサー→チーフプロデューサー)

[編集] ネット局

放送対象地域 放送局 放送日時 放送開始日 備考
近畿広域圏 毎日放送 (MBS)[84] 平日 14:55 - 17:45 1999年10月11日 番組制作局

[編集] 過去のネット局

放送対象地域 放送局 放送期間 放送日時
関東広域圏 TBSテレビ[85] 2009年4月3日 - 7月17日[86] 金曜 15:00 - 16:53
石川県 北陸放送 (MRO)[85]
広島県 中国放送 (RCC)[87] 金曜 15:00 - 15:52
鳥取県
島根県
山陰放送 (BSS)[88][89][90] 2009年4月6日 - 2010年3月19日 平日 14:55 - 15:55
岩手県 IBC岩手放送[91] 2009年4月3日 - 2010年3月26日 金曜 15:00 - 16:53
沖縄県 琉球放送 (RBC)[91] 木曜・金曜 15:00 - 16:53[92]
  • 金曜のみネット局での初回の2009年4月3日には、15:52に「広島の皆さんとはここでお別れ」、16:52に「関西以外でご覧の皆さんとはここでお別れ」の降りコメントがあった(翌週以降は特に告知をしない)。

 

[編集] 脚注

[ヘルプ]
  1. ^ 角は当番組の司会を打診された頃、1996年脳梗塞を患った後遺症で、自身の体力に自信を失っていた。ワイドショー番組についても、「芸能スキャンダルと嫁姑の話ばかり」として、良い印象を持っていなかった。そこで、「病気も番組も良くなれ」との願いの下に、“ちちんぷいぷい”というタイトルを提案したという(2009年10月16日付朝日新聞大阪版夕刊「見聞考」に掲載された角のインタビューより)。
  2. ^ その際に西靖が紹介したものは2 - 3ページほどのタイムテーブルのみであった
  3. ^ MBSテレビでは、当番組の本放送に入る前に、2時間の音楽番組『愛さんさん歌謡祭』をパイロット版として関西ローカルで放送。香西かおりなど、角の好きなアーティストをスタジオに招いていた。(2009年6月12日にMBSラジオで放送された『上泉雄一のええなぁ!』に、角がゲストとして出演した際の発言より。当日は、角が当番組に出演しない金曜日で、香西が週替わりゲストとして同番組に登場していた。)
  4. ^ 大型テレビモニターを使って進行する仕組みは関西の他局でも見受けられる。
  5. ^ 西担当日の番組オープニングの出演者紹介で流れるBGMは2006年4月から使用しているものを引き続き使用。
  6. ^ 一時的に飛び降り編成となるが、7月20日以降の月 - 木曜第2部はTBS系列局全局で13:53終了となるため、フルネットに戻る格好になる。
  7. ^ MBSで14時台が再放送となるのは、『スーパーワイド』打ち切りから『はーい!昼ナマ』開始までの期間以来、13年ぶりとなる。
  8. ^ 前日までに前番組『2時っチャオ!』は全TBS系列局で番組終了済みとなっていた。
  9. ^ 「ちちんぷいぷい」が東京進出へ!MBS春の改編スポーツニッポン Sponichi Annex 大阪 2009年3月10日付
  10. ^ 北陸放送では、15:52 - 15:54.15(逆ネット開始当初は15:52 - 15:55)のCMを利用して、石川県のローカルニュースと天気予報が135秒(逆ネット開始当初はCM30秒の後に150秒)放送された。
  11. ^ a b 「もうすぐぷいぷい」は14:55.45 - 14:59.00にMBSのみで放送。放送内容は、これまで番組オープニングで行われた今出東二のお天気コーナーと、番組内で行われていた視聴者プレゼントの2本立てで、15:00.00からオープニングという流れとなっている。ただし新聞番組表では15時からの本編に内包される扱いになっており、従前どおり14:55スタートと表示されている。
  12. ^ 関西テレビたかじん胸いっぱい』(2009年5月2日放送)
  13. ^ MBS制作のローカル番組では、過去にも『突然ガバチョ!』(笑福亭鶴瓶司会のバラエティ番組、1982年10月から1985年9月)を1984年の一時期TBSにも深夜枠に遅れネットで放送したことがあったが、「ぷいぷい」と同様に視聴率不振のため4ヶ月で打ち切りになった。
  14. ^ a b 明日の空」の作詞を担当したPENGINをはじめ、中孝介植村花菜かりゆし58城南海しおりji ma maまきちゃんぐが参加。
  15. ^ 2010年最初の放送(1月5日)で角淳一が発表。CDのジャケットにも角の写真が使われている。
  16. ^ アルバムの発売に当たっては、U.K.が、本名の楠雄二朗名義で宣伝部長に就任。角、八木早希、河田直也、前田阿希子とともに、宣伝ユニット「ジャム淳一 ブラザーズ&シスターズ」を結成した。上記のメンバー以外にも、西靖と吉竹史が人生後初の握手会を実施するなど、発売当初は関西・沖縄地方で精力的なキャンペーンを展開した。
  17. ^ 関西発コンピ『すごくおいしいうた』ヒットの兆し
  18. ^ 同日放送の17時台後半で発表。発表に同席した発売元(エピックレコードジャパン)の執行役員・青木聡は、「出荷の関係でチャートに集計されなかった枚数を加えれば、累計で1万枚に達する」「テレビ番組から生まれたコンピレーションアルバムとしては異例の売り上げ」とのコメントを残した。
  19. ^ 当日の放送には、西とU.K.も曲紹介のVTRに出演。他局の番組でありながら、西は「毎日放送アナウンサー」として、「明日の空」を「『ちちんぷいぷい』から生まれた曲」と紹介した。
  20. ^ 2010年3月2日放送分の「角の☆印」より。ちなみに角は、同日の放送から、坊主頭に帽子をかぶった姿で出演している。
  21. ^ http://twitter.com/puipuimbstv 当日の放送でTwitterについて特集した際に紹介された。
  22. ^ 2009年 毎日放送7月30日社長会見 10ページ目
  23. ^ 2010年4月になんばHatchで開催。2011年4月には、大阪城野外音楽堂で、「ちちんぷいぷい音楽祭2011」を実施した。いずれも、当番組の特別番組として、実施直後にダイジェストを関西ローカルで放送している。
  24. ^ TBS系列の特別番組枠『スパモク!!』を関西ローカルで差し替え。ぷいぷい顧問団の一員でもある池上を解説役に、西と山中が番組を進行した。また、当番組のレギュラー陣から角・石田・ロザン・トミーズ健・なるみがパネラーとして出演したほか、角の希望で友近がゲストパネラーで登場した。
  25. ^ 大阪発の優しく強い歌「未来の花束」11/2リリース!(レコシン、2011年10月3日)
  26. ^ サブロー36時間で36番組に出演“完走”(『サンケイスポーツ2012年1月28日付記事)
  27. ^ ただし、17時台後半に特別企画を放送する場合には、中継を省略。字幕による告知の後にエンディングへ入っていた。なお、2012年1月4日からは、当番組の終了直後(17時42分45秒から30秒間)に「先出しVOICE」とのタイトルで報道フロア(または『VOICE』スタジオ)からの予告が復活。当日のフィールドキャスター(またはサブキャスター)と同番組のニュース編集長が、手書きのフリップでキーワードを紹介しながら、放送予定の主なトピックと特集の内容を紹介する。
  28. ^ ただし、8月29日・30日に15時前後で放送された「ハッピーアワーたいそう2011」では、体操紹介のVTRで角のナレーションが流れた。
  29. ^ 2011年6月から、主にキッチンぷいぷい以降のコーナーをVTRで紹介。
  30. ^ 2011年6月から、主にキッチンぷいぷい以降のコーナーをVTRで紹介。
  31. ^ プチバージョンとして放送されることがある。
  32. ^ 例えば、当番組の企画で「大吉(だいきち)とおるちゃん神社」をMBS本社1階へ開設した2011年1~3月には、「リアル世界くん」での海外取材の合間を縫って同神社からの中継にもたびたび登場。「リアル世界くん」でも、滞在先でラッキーアイテムを探すことが、取材テーマの1つになっていた。
  33. ^ 福岡県久留米市出身の吉竹史は、九州新幹線の全線が開通した2011年から、不定期で「吉竹史の九州よかとよ~」も担当。同コーナーのみ、「九州親善ガール」という肩書で、沿線にある観光地・グルメスポットや関西各地で開催される九州関連のイベント・物産展を取材している。
  34. ^ なるみは番組開始時から2007年3月まで水曜日に出演。2004年5月から2009年3月まで午前の生放送『なるトモ!』に出演、『なるトモ!』が(事前収録で)休みを取ると、ぷいぷいを休む事があった。
  35. ^ 大畑大介は、ラグビー神戸製鋼スティーラーズの現役選手時代から、ゲストで数回登場。2011年に引退してからは、準レギュラー扱いで不定期に出演していた。同年10月から月曜レギュラーに昇格。
  36. ^ 「キッチンぷいぷい」には出演しない。
  37. ^ トミーズ健は、2011年9月まで長きにわたって金曜日にパネラーとして出演。オープニングでは、司会からの紹介を受けて、持ちギャグである「キンコンカン健ちゃん」を必ず披露する。東北地方太平洋沖地震発生1週間後の2011年3月18日(金曜日)の放送では、真面目な口調で「トミーズ健です」と自己紹介を始めたが、司会の西に「いつも通りに(キンコンカン…を)したらいいのでは」と勧められたため改めて「キンコンカン…」を披露した。2011年10月、火曜日に移動。
  38. ^ 前田典子は、2011年9月8日(木曜日)にゲストで初出演。大阪市東住吉区出身という縁もあって、同年10月からパネラーとして火曜日にレギュラーで出演する。出演できない時は別のゲストを呼んで対応する。
  39. ^ ピーコは火曜レギュラーとして出演。月曜日に裏番組の関西テレビスーパーニュースアンカー』に出演(2006年4月―2009年3月まで)していたため、概ね「キッチンぷいぷい」までの出演で、後は退席した(2008年10月にぷいぷいの放送時間短縮以降も同様)。但し2006年8月22日の放送ではハイヒールが夏休みで夕刊☆印が始まるまで(5時過ぎまで)出演した。2009年4月以降は木曜に移り、エンディングまで出演。2011年10月からは再び火曜日へ。
  40. ^ 大平サブローは、番組開始当初から長らく月曜日に出演。2006年10月から2011年9月までは、火曜日に出演。いずれも、『こんちわコンちゃんお昼ですょ!』(当番組の前半と放送時間が重なるMBSラジオの生ワイド番組)に途中まで出演してからの登場だった。同年10月からは、出演曜日を(同番組へ登場しない)水曜日に変更。
  41. ^ 月亭八光は、2006年4月から1年間、火曜日でコーナーレギュラーを担当。担当コーナーの終了を機に当番組をいったん降板した後に、関西地区での裏番組『かんさい情報ネットten!』(読売テレビ)に不定期で出演していた。2011年10月から、父・月亭八方が務めていた水曜日のパネラーを引き継ぐ格好で、4年半振りに当番組に復帰。
  42. ^ 桂南光は2006年4月から出演。2008年6月まで午前の生放送『痛快!エブリデイ』(関西テレビ)に出演し、掛け持ちをしていた。『エブリデイ』が事前収録で1週間休暇となった際、同時にぷいぷいも休みを取った。2009年3月までは水曜日。
  43. ^ 堀ちえみは、2006年11月、月曜日で教育問題の特集などが行われて、特別に途中から出演した。
  44. ^ 佐藤弘道は2010年頃から、パネラーとして木曜日を中心に不定期で出演。2010・2011年には、当番組向けに「ハッピーアワー体操」を考案した。2011年10月から木曜レギュラーに昇格。
  45. ^ a b c 佐藤・小椋・廣田は交替で1名出演。
  46. ^ バドミントンの日本代表選手だった小椋久美子は、競技からの引退・結婚を機に、2011年5月から木・金曜日に不定期でパネラーを務めていた。2011年10月から木曜レギュラーに昇格。
  47. ^ 廣田遥は、トランポリンの現役選手時代からゲストで数回出演。引退後の2011年から、木・金曜日にへ不定期でパネラーを務めていた。2011年10月から木曜レギュラーに昇格。
  48. ^ ハイヒールは、番組開始からコンビで火曜日に出演。2008年4月からは、リンゴの出演が金曜日に変更する一方で、モモコは引き続き火曜日に出演していた。
  49. ^ 桂吉弥は2009年4月から水曜日にレギュラー出演。2011年10月から、出演日を金曜日に変更。
  50. ^ 小籔千豊は2008年1月から、コーナーレギュラーとして出演。2010年1月から2011年9月までは、隔週水曜日にパネラーとして全編に登場するようになった。2011年10月から、出演日を金曜日に変更。
  51. ^ 高橋泰松は一貫して「ぷいぷい定食」がテーマ。ぷいぷい物産に出演したことがある。油を使った料理をよく作る事から、ハイヒールなどから「油」と呼ばれていた。
  52. ^ 2011年10月からのキッチンぷいぷい金曜日は、王憲正と隔週で名店の料理人が出演している。
  53. ^ 西村麻子は、1度目の産休に入るまで、中継リポーターやアナウンサー企画の進行役としてレギュラー出演。2度の産休を経て、2011年4月から木曜日のニュースキャスターとして当番組に復帰した。2011年7月からは、金曜日のVTRコーナー「ただいま修行中 大吉京平への道」のナレーターも兼務している。同年10月からは、先輩アナウンサー・加藤康裕(アナウンスセンター長)に代わって火・水曜のニュースキャスターも担当。
  54. ^ 当番組では「和田ちゃん」名義で出演。
  55. ^ 楠雄二朗は2010年『明日の空』発売の際、自身がMBSの音楽番組を担当していることから出演。ニックネームは「くっすん」。「明日の空」以降、「パン院選」リポーターや「ハッピーアワー体操」のお兄さんで毎日出演。
  56. ^ 宇都宮まきは、2009年4月から当番組へ出演。2011年9月までは、月曜日でコーナーレギュラーを務めていた。同年10月から、出演日を金曜日へ変更。
  57. ^ リポーターのなかにはオープニングから担当コーナーまで出演したり、担当コーナーからエンディングまで出演したりする。
  58. ^ 子守康範は元MBSアナウンサーで、MBSラジオ子守康範 朝からてんコモリ!』のメインパーソナリティ。1997年にMBSを退社してから、フリーアナウンサーへ転身するとともに、映像制作会社を設立・経営している。2009年4月から2011年3月までは、同様のスタイルで月1回のレギュラー企画「がんばれ!ヒヨコちゃん」を担当していた。
  59. ^ この時期には、15:25まで生放送の『なるみ・八方のごきげんさん』(ABCラジオ)でパーソナリティを務めていた関係で、当番組には16時前後から出演していた
  60. ^ 2011年5月に「リアル世界くん」で角と中国・上海を取材した他、角が卒業する2011年9月30日にも出演。2011年10月からは木曜に出演(おもに桂南光の代わりに出演)。
  61. ^ 長期に渡って出演実績の無い顧問も含まれている
  62. ^ 涌井雅之は2009年4 - 9月の金曜日に、『バンバンバン』にスタジオ見守りゲストとして登場した際にも、そのまま『ぷいぷい』へ出演していた。
  63. ^ 浅井信雄は、主に月曜に出演していた。
  64. ^ 内田忠男の出演日は水曜だった。
  65. ^ 第45回衆議院議員選挙大阪府第3区から立候補。同選挙への出馬を表明した2008年9月11日以降は、スタジオへ出演せず、「元大阪府警の刑事」として「☆印」にたびたびコメントを寄せていた。同選挙で初当選を果たした後の2009年9月16日の当番組では、山中の密着取材で、衆議院への初登院の模様が放送されている。
  66. ^ 網本浩幸は、「★印」でのコメント提供にとどまる場合がある。
  67. ^ 2012年2月8日放送分での紹介より
  68. ^ 遠山奨志は、解説者に復帰した2012年1月から主に水曜日へ出演。
  69. ^ 本並健治は、その顔立ちから、当番組へ出演する際に必ず「大阪のイタリア人」と呼ばれている。
  70. ^ Sponichi Annex大阪版 (2011年8月16日). “「ちちんぷいぷい」看板男 角淳一氏9月卒業”. 2011年8月16日閲覧。
  71. ^ あいはらは、2009年4月から、関西地区での裏番組『かんさい情報ネットten!』(読売テレビ)水曜日にレギュラー出演中。
  72. ^ 元・北海道放送アナウンサーの岸本は、2007年4月から、隔週水曜日にVTRコーナーのリポーターを担当。当番組に出演しない日には、裏番組をはじめ、サンテレビの番組でニュースキャスターを務めていた。
  73. ^ 円広志は2009年4月から、『かんさい情報ネットten!』火曜日にレギュラー出演中。
  74. ^ 浅越ゴエは、降板直後の2009年4月から半年間、『かんさい情報ネットten!』火曜日にレギュラーで出演していた。
  75. ^ 奥山佳恵は、2000年から2002年度まで金曜レギュラー。2008年11月頃から金曜に不定期出演。2009年4月からは、『ぷいぷい』に出演する際に、『バンバンバン』にもスタジオ見守りゲストとして登場していた。
  76. ^ 関根麻里は、2007年4月から2008年9月まで木曜準レギュラーとして出演。2009年4月から、木曜準レギュラーに復帰していた。
  77. ^ 八代英輝は、2006年4月から火曜レギュラーとして出演を開始。当初は4時間フルに出演していた。2006年10月から2008年9月までは、15時で中座するピーコの交代要員のような扱いで、15時頃から登場。3時間放送に戻った2008年10月からは、出演日を水曜に移したうえで、フル出演を再開した(ピーコ出演時は休み)。2009年4月からは、木曜日にフル出演することもあった。
  78. ^ 井筒和幸は、4時間放送時代の2006 - 2007年に、隔週水曜のペースで「☆印」からエンディングまで出演していた。2009年4月から『かんさい情報ネットten!』木曜日にレギュラー出演中。
  79. ^ 「未来の花束」の作詞を担当したカサリンチュをはじめ、中孝介Dewかりゆし58(前川真悟)、PENGIN和紗しおりひいらぎまきちゃんぐが参加。作詞:村山辰浩(カサリンチュ)、作曲:末光篤
  80. ^ 阪急百貨店うめだ本店の建て替え工事に伴う措置。開催期間中には、阪神百貨店の広告や特設サイトで、「えっ!ホンマ? 阪急から阪神へ電撃移籍! 阪神梅田本店で初開催」とのキャッチコピーが使われた。
  81. ^ ハガキで4連パン」の結果を発表した2012年1月31日の放送で公表
  82. ^ 2012年2月6日の放送で公表
  83. ^ 2012年2月21日の放送で公表
  84. ^ 14:55 - 15:00の「もうすぐぷいぷい」から放送している。
  85. ^ a b 当番組を16:52で飛び降りていた。
  86. ^ TBSの「(2009年)7月改編」に伴い、ネットが打ち切られる。
  87. ^ 当番組を15:52で飛び降り、その後『イブニング・ふぉ〜』へ接続。
  88. ^ 14:55 - 15:00の「もうすぐぷいぷい」から放送していた。
  89. ^ BSSは当番組を15:52で飛び降りていた。
  90. ^ 2010年3月1日はアフタヌーンドラマスペシャル放送の為、当番組は放送休止。
  91. ^ a b 当番組を16:52で飛び降りる。
  92. ^ 当初は金曜のみの放送だったが、2009年10月1日から木曜日も放送。

[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク

毎日放送 平日14時台
前番組 番組名 次番組
ちちんぷいぷい
(2006年4月 - 2008年9月)
2時っチャオ!
(第1部)
毎日放送 平日14:55 - 15:00枠
ちちんぷいぷい(第1期)
(2002年4月)
MBSニュース
ちちんぷいぷい(第2期)
(2008年10月 - 2009年3月)

もうすぐぷいぷい
(2009年4月 - 2010年3月)

ちちんぷいぷい(第3期)
(2010年4月 - )
------
毎日放送 平日15・16時台
ちちんぷいぷい
(1999年10月 - )
------
毎日放送 平日17時台
ちちんぷいぷい
(1999年10月 - )
------
毎日放送 平日17:45 - 17:50枠
おかえりワイド
※17:00 - 18:00
ちちんぷいぷい
(1999年4月 - 2010年3月)
Nスタ
※17:45 - 18:15
毎日放送 平日17:50 - 17:54枠
おかえりワイド
※17:00 - 18:00
ちちんぷいぷい
(1999年4月 - 2002年3月)
JNNニュースの森
※17:50 - 18:19
【4分繰り上げ】
毎日放送 平日17:54 - 18:00枠
おかえりワイド
※17:00 - 18:00
ちちんぷいぷい
(1999年10月 - 2000年3月)
JNNニュースの森
※17:54 - 18:23
【6分繰り上げ】
TBS 金曜15時台
前番組 番組名 次番組
2時っチャオ!
※14:00 - 15:53
【この番組までTBS制作】
ちちんぷいぷい
毎日放送制作】
再放送枠
※14:57 - 15:50
TBS 金曜15:50 - 15:53枠
2時っチャオ!
※14:00 - 15:53
【この番組までTBS制作】
ちちんぷいぷい
【毎日放送制作】
韓流ドラマ枠
※15:50 - 16:45
【この番組から再びTBS制作】
TBS 金曜15:53 - 15:55枠
TBSニュース
【この番組までTBS制作】
ちちんぷいぷい
【毎日放送制作】
韓流ドラマ枠
※15:50 - 16:45
【この番組から再びTBS制作】
TBS 金曜15:55 - 16:00枠
ちちんぷいぷい
【毎日放送制作】
韓流ドラマ枠
※15:50 - 16:45
【この番組から再びTBS制作】
TBS 金曜16時台
水戸黄門(再放送)
【金曜のみ廃枠】
ちちんぷいぷい
【毎日放送制作】
韓流ドラマ枠
※15:50 - 16:45
【この番組から再びTBS制作】
TBS 金曜16:45 - 16:52枠
水戸黄門(再放送)
※16:00 - 16:52
【金曜のみ廃枠】
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