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'''ティスラン・パラメータ'''{{R|Kawakita2008|Ishiguro2012}} (Tisserand's parameter、またはTisserand's invariant)とは、比較的小さな天体と大きな摂動天体のいくつかの[[軌道要素]]([[軌道長半径]]、[[軌道離心率]]、[[軌道傾斜角]])から計算される値である。小天体の運動を太陽・摂動天体・小天体の3体のみで考え、摂動天体が円軌道上を運動しているとする「[[三体問題#制限三体問題|円制限3体問題]]」でほぼ一定の値として保たれるため、軌道要素によって[[太陽系小天体]]を分類する指標として使われる。1889年に[[フランス]]の[[天文学者]][[フェリックス・チスラン|フェリックス・ティスラン]] (Félix Tisserand) によって導入された{{R|Tisserand1889|Tisserand1896}}。
'''ティスラン・パラメータ'''{{R|Kawakita2008|Ishiguro2012}} (Tisserand's parameter、またはTisserand's invariant)とは、比較的小さな天体と大きな摂動天体のいくつかの[[軌道要素]]([[軌道長半径]]、[[軌道離心率]]、[[軌道傾斜角]])から計算される値である。小天体の運動を太陽・摂動天体・小天体の3体のみで考え、摂動天体が円軌道上を運動しているとする「[[三体問題#制限三体問題|円制限3体問題]]」でほぼ一定の値として保たれるため、軌道要素によって[[太陽系小天体]]を分類する指標として使われる。1889年に[[フランス]]の[[天文学者]][[フェリックス・チスラン|フェリックス・ティスラン]] (Félix Tisserand) によって導れたティスランの判定式に由来する{{R|Tisserand1889|Tisserand1896}}。


== 定義 ==
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これが同一の彗星であるならば、彗星の長半径、離心率、軌道傾斜角の摂動前後での値 <math>a</math>, <math>a'</math>, <math>e</math>, <math>e'</math>, <math>i</math>, <math>i'</math> はティスランの判定式
これが同一の彗星であるならば、彗星の長半径、離心率、軌道傾斜角の摂動前後での値 <math>a</math>, <math>a'</math>, <math>e</math>, <math>e'</math>, <math>i</math>, <math>i'</math> はティスランの判定式
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== 応用 ==
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* [[重力アシスト]]を利用可能な外部太陽系探査機の軌道は、ティスラン・パラメータの準保存性によって制約を受ける。
* [[重力アシスト]]を利用可能な外部太陽系探査機の軌道は、ティスラン・パラメータの準保存性によって制約を受ける。
* 海王星を摂動天体としたときのティスラン・パラメータ <math>T_N</math> は、海王星の影響を受ける[[散乱円盤天体]]と影響を受けない[[分離天体]]を区別する指標として提唱されている。
* 海王星を摂動天体としたときのティスラン・パラメータ <math>T_N</math> は、海王星の影響を受ける[[散乱円盤天体]]と影響を受けない[[分離天体]]を区別する指標として提唱されている。
* ティスラン・パラメータを用いて、[[天の川銀河]]中心にある[[中間質量ブラックホール]]存在を周囲の恒星の軌道から推測することができる{{R|DEGN}}。
* [[銀河]]中心の[[超大質量ブラックホール]] (SMBH) 近傍に[[中間質量ブラックホール]] (IMBH) が存在するならば、ティスラン・パラメータ用いてSMBH近傍の恒星の軌道からIMBHの位置を推測できる可能性がある(ただし2013年現在この方法で発見された中間質量ブラックホールはない){{R|DEGN|BerukoffHansen2006}}。


== 関連概念 ==
== 関連概念 ==
このパラメータは、[[三体問題|3体系]]の摂動[[ハミルトニアン]]の研究に用いられる、いわゆる[[シャルル=ウジェーヌ・ドロネー|ドロネー]]変数の1つに由来している{{要出典|date=2021年2月}}。高次の摂動項を無視する以下値が保存される。
このパラメータは、[[三体問題|3体系]]の摂動[[ハミルトニアン]]の研究に用いられる、いわゆる[[シャルル=ウジェーヌ・ドロネー|ドロネー]]変数の1つに由来している{{要出典|date=2021年2月}}。ティスラン・パラメータ近似的な保存はヤコビ積分の保存から導かれるものであるが、特に永年摂動のタイムスケールで長半径 <math>a</math> が保存する状況(例えば[[階層的三体問題]])ではヤコビ積分の保存は軌道角運動量の保存
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を導く{{R|DEGN|Schevchenko}}。この結果、木星などの摂動によって準円かつ大きな軌道傾斜角を持つ彗星の軌道、軌道傾斜角が小さくなると同時に軌道離心率が大きくなる可能性がある{{R|Schevchenko}}([[古在メカニズム]])このメカニズムによって彗星は太陽に非常に近い近日点と大きな軌道離心率を持つ「[[サングレーザー]]」となり得{{R|Schevchenko}}
:<math> \sqrt{a (1-e^2)} \cos i</math>

この結果、摂動によって軌道傾斜角と軌道離心率の間に共鳴が生じる可能性があり、これは「[[古在共鳴]]」と呼ばれている。準円かつ大きな軌道傾斜角を持つ軌道、軌道傾斜角が小さくなると軌道離心率が大きくなる可能性がある。例えば、太陽に非常に近い近日点と大きな軌道離心率を持つ「[[サングレーザー]]」と呼ばれる彗星は、このようメカニズムで生じている可能性がある。


== 出典 ==
== 出典 ==
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2021年2月6日 (土) 15:21時点における版

ティスラン・パラメータ[1][2] (Tisserand's parameter、またはTisserand's invariant)とは、比較的小さな天体と大きな摂動天体のいくつかの軌道要素軌道長半径軌道離心率軌道傾斜角)から計算される値である。小天体の運動を太陽・摂動天体・小天体の3体のみで考え、摂動天体が円軌道上を運動しているとする「円制限3体問題」でほぼ一定の値として保たれるため、軌道要素によって太陽系小天体を分類する指標として使われる。1889年にフランス天文学者フェリックス・ティスラン (Félix Tisserand) によって導かれたティスランの判定式に由来する[3][4]

定義

一般に、小天体の軌道長半径を 、軌道離心率を 、軌道傾斜角を とし、摂動天体の軌道長半径を としたとき、ティスラン・パラメータは以下の式で定義される[1][5]

ティスランの判定式

木星による摂動を受ける彗星の軌道のシミュレーション。図中の赤点が太陽、黒点が木星、青点が彗星を表す。距離および時間の単位は木星公転運動の半径および周期。薄い青色の楕円が初期の軌道、濃い青の楕円が摂動後の軌道である。
上記アニメーションにおける彗星の長半径、離心率、ティスラン・パラメータの時間変化をプロットしたもの。木星の摂動によって長半径は4.0から1.9へ、離心率は0.80から0.64へと変化しているものの、ティスラン・パラメータは2.65で不変である。

具体的に太陽-木星-彗星という三体系について考える。彗星の質量は他の二体に比べて極めて小さく、彗星が木星の軌道に与える影響は無視できる(制限三体問題)[6]。木星の公転運動の離心率は 0.0489[7] でありその軌道はほぼ円運動である[6]

彗星の軌道は木星から十分に離れていればケプラーの法則に従う楕円形であるが、木星近傍を通過すると木星の重力による摂動を受け、軌道が大きく変化し得る[6]。その結果、木星の近傍を通過する前後で、同一の彗星であるにもかかわらずその軌道が大きく異なっているように見える。そのため、異なる時刻に別の位置に観測された彗星が同じひとつの彗星であるか、それとも異なるふたつの彗星であるかが問題となる。

これが同一の彗星であるならば、彗星の長半径、離心率、軌道傾斜角の摂動前後での値 , , , , , はティスランの判定式

は木星の軌道長半径)を近似的に満足する[6][8]。これは円制限三体問題における保存量であるヤコビ積分から導かれる[3][4][8]。それ故にこの等式が成立する彗星は同一のものである可能性が高く、これにより彗星の同一性が判定できる[6][8]

応用

  • 木星を摂動天体としたときのティスラン・パラメータ は、太陽系小天体の分類に用いられる。TJ > 3 であればメインベルト小惑星2 < TJ < 3 であれば木星族彗星とされる[2][9]
  • イギリス生まれの天文学者デビッド・C・ジューイットは、ダモクレス族の定義として TJ ≤ 2 という条件を提唱している[10]
  • 重力アシストを利用可能な外部太陽系探査機の軌道は、ティスラン・パラメータの準保存性によって制約を受ける。
  • 海王星を摂動天体としたときのティスラン・パラメータ は、海王星の影響を受ける散乱円盤天体と影響を受けない分離天体を区別する指標として提唱されている。
  • 銀河中心の超大質量ブラックホール (SMBH) 近傍に中間質量ブラックホール (IMBH) が存在するならば、ティスラン・パラメータを用いてSMBH近傍の恒星の軌道からIMBHの位置を推測できる可能性がある(ただし2013年現在この方法で発見された中間質量ブラックホールはない)[11][12]

関連概念

このパラメータは、3体系の摂動ハミルトニアンの研究に用いられる、いわゆるドロネー変数の1つに由来している[要出典]。ティスラン・パラメータの近似的な保存はヤコビ積分の保存から導かれるものであるが、特に永年摂動のタイムスケールで長半径 が保存する状況(例えば階層的三体問題)では、ヤコビ積分の保存は軌道角運動量の保存

を導く[11][13]。この結果、木星などの摂動によって準円かつ大きな軌道傾斜角を持つ彗星の軌道が、軌道傾斜角が小さくなると同時に軌道離心率が大きくなる可能性がある[13]古在メカニズム)。このメカニズムによって彗星は太陽に非常に近い近日点と大きな軌道離心率を持つ「サングレーザー」となり得る[13]

出典

  1. ^ a b 河北秀世 著「第5章第6.3節 彗星の起源」、渡部潤一井田茂、佐々木晶 編『太陽系と惑星』 9巻(第1版第1刷)、日本評論社〈シリーズ現代の天文学〉、2008年2月25日、156頁。ISBN 978-4-535-60729-3 
  2. ^ a b 石黒正晃「彗星状に見える小惑星たち」『天文月報』第105巻第12号、日本天文学会、2012年、751頁、ISSN 0374-2466 
  3. ^ a b F. Tisserand (1889). “Sur la théorie de la capture des comètes périodiques”. Bulletin Astronomique, Serie I 6: 289-292. Bibcode1889BuAsI...6..289T. 
  4. ^ a b Tisserand, François Félix (1896). Traité de mécanique céleste. 4. Paris Gauthier-Villars. pp. 203-205. https://archive.org/details/traitdemcani04tissuoft 
  5. ^ Bonsor, A.; Wyatt, M. C. (2012). “The scattering of small bodies in planetary systems: constraints on the possible orbits of cometary material”. Monthly Notices of the Royal Astronomical Society 420 (4): 2990-3002. arXiv:1111.1858. Bibcode2012MNRAS.420.2990B. doi:10.1111/j.1365-2966.2011.20156.x. ISSN 0035-8711. 
  6. ^ a b c d e Richard Fitzpatrick (2016年3月31日). “Tisserand criterion”. 2021年2月4日閲覧。
  7. ^ Jupiter Fact Sheet”. 2021年2月4日閲覧。
  8. ^ a b c ティスランの判定式”. 天文学辞典. 日本天文学会 (2018年7月3日). 2021年1月25日閲覧。
  9. ^ Jewitt, David C. (2013年8月). “Tisserand Parameter”. UCLA - Department of Earth and Space Sciences. 2021年1月25日閲覧。
  10. ^ Jewitt, David C. (2013年8月). “The Damocloids”. UCLA - Department of Earth and Space Sciences. 2021年1月25日閲覧。
  11. ^ a b Merritt, David (2013). Dynamics and Evolution of Galactic Nuclei. Princeton, NJ: Princeton University Press. pp. 476-478. ISBN 9781400846122. https://openlibrary.org/works/OL16802359W/Dynamics_and_Evolution_of_Galactic_Nuclei 
  12. ^ Berukoff, Steven J.; Hansen, Bradley M. S. (2006). “Cluster Core Dynamics in the Galactic Center”. The Astrophysical Journal 650 (2): 901–915. arXiv:astro-ph/0607080. doi:10.1086/507414. ISSN 0004-637X. 
  13. ^ a b c Shevchenko, Ivan I. (2017). The Lidov-Kozai Effect - Applications in Exoplanet Research and Dynamical Astronomy. Springer. p. 111. doi:10.1007/978-3-319-43522-0. ISBN 978-3-319-43520-6