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林有美

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

林 有美(はやし ゆうび、1832年天保3年〕 - 1862年文久2年〕8月)は、江戸時代囲碁棋士で、家元林家の十二世林柏栄門入跡目、六段。旧名は高鹽慶治。御城碁では6局を勤めた。

慶治は桂司とも書き、有二の名もある。13歳で林家門人となる。門下中では風采温雅にして技量の伴えるとして、安政3年(1856年)に柏栄跡目に定められ、有美と改める。同年より御城碁に出仕し、翌安政4年に五段。文久になって六段に進み、本因坊秀策も先二の手合ながら「有美近頃上達」と記している。文久元年(1861年)最後の御城碁で、お好みで秀策と先番で対戦して中押負したのが秀策御城碁19連勝目となった。文久2年に31歳で死去、花柳病によるとされている。

嘉永元年(1848年)に同門の山夾珍平と三劫の碁がある。

御城碁戦績

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  • 1856年(安政3年)先番10目勝 安井算知 (俊哲)
  • 1857年(安政4年)二子5目勝 本因坊秀和
  • 1858年(安政5年)先番2目負 伊藤松和
  • 1860年(万延元年)先番4目負 本因坊秀策
  • 1861年(文久元年)先番中押負 阪口仙得
  • 同年 先番中押負 本因坊秀策

参考文献

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  • 安藤如意、渡辺英夫『坐隠談叢』新樹社 1955年
  • 福井正明、相場一宏『碁界黄金の十九世紀』日本棋院 2007年