ノート:宮脇俊三

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時刻表昭和史への一部転記の提案[編集]

2007年5月21日 (月) 16:25 (UTC)に投稿されたTakhasさんの『増補版 時刻表昭和史』に関するコメントを時刻表昭和史に転記することを提案します(奥野氏に関するコメントは当方が削除してしまいましたが)。

Takhasさんの記したコメントは「著作一覧」に含めるには少々長いのではないでしょうか。記述された項目はあくまでリストであり、幸いにも関連する書物の項目が存在しています。当該箇所を本項のリストからは省き、著作の項目の方に転記するのが適切ではないかと考えます。--ぶるない 2007年5月23日 (水) 12:57 (UTC)[返信]

当該箇所を投稿したTakhasさんがご自身の投稿箇所を削除しましたので、提案を取り下げます。お騒がせしました。しかしながら『時刻表昭和史』はスタブ項目になっているので、Takhasさんが必要とお考えであれば、加筆することを考えられてもよろしいかと思います。--ぶるない 2007年5月31日 (木) 16:34 (UTC)[返信]

増補版は元版のもとに表記しましょう[編集]

Takhasです。ご指摘、ご提案、ありがとうございます。 著作目録にごちゃごちゃ書くのはどうかと思い、指摘されてみれば、全く同感です。 さて、「増補版」の件ですが、解釈が難しいと思います。『日本目録規則』(1987年版改訂版)の“版に関する事項”2.2.1.1に従えば、当然元版に続けて記載すべきです。 しかし、わたくし個人としては『増補版時刻表昭和史』というくくりが一つのタイトルだと解釈し続けてきたので、増補版は1997年の位置に「新刊」として記載しました。 色々考えたのですが、やはり例外はあまり作らない方が良いでしょう。 ご指摘、感謝します。 ウィキペディアはものすごく素人なので、これからもご指摘方お願い申し上げます。

「時刻表ひとり旅」の復刊を加筆しておきました(形は増刷ですが実質は復刊ですので)。--number8 2007年7月17日 (火) 16:28 (UTC)[返信]

年譜における父長吉に関する記述に関して[編集]

年譜1943年に「・・・父長吉は満州にて戦病死」とありますが、その後の1953年に「脳出血で父親が急逝」ともあります。父宮脇長吉を調べると死亡は1953年2月16日となっております。従いまして1943年の満州に関する記述は削除した方がいいと思いますが、いかがでしょうか?--AJ0217会話2023年5月5日 (金) 11:17 (UTC)[返信]