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ある時計をリファレンスの時計と比較するとする。リファレンスの時計がτ 進む間に、時計がyτ 進むとする。ここでy は時計の相対的な周波数の平均値である。図のように、二つの連続した期間の測定をすることで、(y − y ′)2 が得られる。この値が小さいほどこの時計が安定である。これを繰り返し、(y − y ′)2 の平均値を得ると、それが平均化時間τ のアラン分散の2倍となる。
アラン分散 (Allan variance )は、時計 、発振器 、アンプ における周波数安定度を表す指標である。名前はDavid W. Allanに由来し、数学的には
σ
y
2
(
τ
)
{\displaystyle \sigma _{y}^{2}(\tau )}
と表される。
アラン偏差 (Allan deviation )は、アラン分散の平方根である
σ
y
(
τ
)
{\displaystyle \sigma _{y}(\tau )}
である。
アラン分散は統計的な安定度を推定するためのものであり、周波数ドリフトなどの系統的な誤差を推定するものではない。また、アラン分散には、修正アラン分散をはじめとするいくつかの派生形がある。
時計のアラン偏差の例。平均化時間τ が小さい時は、τ が増えるにつれてノイズがならされ、アラン偏差が減少している。さらにτ を増加させると、アラン偏差は増加に転じる。これは時計の周波数がドリフトしていることを示している。
水晶発振器 や原子時計 の安定性が調べられていた頃、位相ノイズにはホワイトノイズ のみならず、フリッカー周波数ノイズも存在しているとわかった。これらのノイズの形は、推定値が収束しないため、標準偏差 などの伝統的な統計ツールでは扱いが難しい。安定性を分析する初期の取り組みは、理論的な分析と実用的な測定の両方から行われた。[ 1] [ 2]
この問題を解決するため、David AllanはM-サンプル分散を導入し、間接的にアラン分散(2-サンプル分散)を導入した。アラン分散では、全ての種類のノイズを見分けることはできないが、有意義な情報が得られる。IEEE はのちに、M-サンプル分散よりもアラン分散(2-サンプル分散)の方が望ましいとみなした。[ 3]
振動は以下の式で表される。
V
(
t
)
=
V
0
sin
(
Φ
(
t
)
)
.
{\displaystyle V(t)=V_{0}\sin(\Phi (t)).}
位相は以下のように表される。
Φ
(
t
)
=
ω
n
t
+
φ
(
t
)
=
2
π
ν
n
t
+
φ
(
t
)
.
{\displaystyle \Phi (t)=\omega _{\text{n}}t+\varphi (t)=2\pi \nu _{\text{n}}t+\varphi (t).}
ν
n
{\displaystyle \nu _{\text{n}}}
は基準となる周波数を表し、
φ
(
t
)
{\displaystyle \varphi (t)}
は位相ノイズを表す。
瞬間的な周波数は、位相の時間微分で表される。
ν
(
t
)
=
1
2
π
d
Φ
(
t
)
d
t
.
{\displaystyle \nu (t)={\frac {1}{2\pi }}{\frac {d\Phi (t)}{dt}}.}
瞬間的な周波数の、基準となる周波数からの偏差を規格化して、以下の量を定義する。
y
(
t
)
=
ν
(
t
)
−
ν
n
ν
n
=
ν
(
t
)
ν
n
−
1.
{\displaystyle y(t)={\frac {\nu (t)-\nu _{\text{n}}}{\nu _{\text{n}}}}={\frac {\nu (t)}{\nu _{\text{n}}}}-1.}
規格化された周波数偏差の時間平均は以下のように定義される。
y
¯
(
t
,
τ
)
=
1
τ
∫
0
τ
y
(
t
+
t
v
)
d
t
v
,
{\displaystyle {\bar {y}}(t,\tau )={\frac {1}{\tau }}\int _{0}^{\tau }y(t+t_{v})\,dt_{v},}
ここでτ は平均化時間を表す。
n番目の周波数偏差を以下のように表すとする。
y
¯
n
=
y
¯
(
n
τ
,
τ
)
{\displaystyle {\bar {y}}_{n}={\bar {y}}(n\tau ,\tau )}
アラン分散は以下のように定義される。
σ
y
2
(
τ
)
=
1
2
⟨
(
y
¯
n
+
1
−
y
¯
n
)
2
⟩
{\displaystyle \sigma _{y}^{2}(\tau )={\frac {1}{2}}\left\langle \left({\bar {y}}_{n+1}-{\bar {y}}_{n}\right)^{2}\right\rangle }
ただし、
⟨
⋯
⟩
{\displaystyle \langle \dotsm \rangle }
は期待値を表す。
標準偏差 と分散 の関係と同様に、アラン偏差はアラン分散の平方根として定義される。
σ
y
(
τ
)
=
σ
y
2
(
τ
)
.
{\displaystyle \sigma _{y}(\tau )={\sqrt {\sigma _{y}^{2}(\tau )}}.}
アラン分散は、さまざまなべき乗ノイズ を見分けることができる。[ 4] [ 5] [ 6] [ 7]
べき乗ノイズに対するアラン分散
変調の種類
パワースペクトル密度(位相ノイズ)
S
x
(
f
)
{\displaystyle S_{x}(f)}
パワースペクトル密度(周波数ノイズ)
S
y
(
f
)
{\displaystyle S_{y}(f)}
アラン分散
σ
y
2
(
τ
)
{\displaystyle \sigma _{y}^{2}(\tau )}
白色位相変調
1
(
2
π
)
2
h
2
f
0
{\displaystyle {\frac {1}{(2\pi )^{2}}}h_{2}f^{0}}
h
2
f
2
{\displaystyle h_{2}f^{2}}
3
f
H
4
π
2
h
2
τ
−
2
{\displaystyle {\frac {3f_{H}}{4\pi ^{2}}}h_{2}\tau ^{-2}}
フリッカー位相変調
1
(
2
π
)
2
h
1
f
−
1
{\displaystyle {\frac {1}{(2\pi )^{2}}}h_{1}f^{-1}}
h
1
f
1
{\displaystyle h_{1}f^{1}}
3
[
γ
+
ln
(
2
π
f
H
τ
)
]
−
ln
2
4
π
2
h
1
τ
−
2
{\displaystyle {\frac {3[\gamma +\ln(2\pi f_{H}\tau )]-\ln 2}{4\pi ^{2}}}h_{1}\tau ^{-2}}
白色周波数変調
1
(
2
π
)
2
h
0
f
−
2
{\displaystyle {\frac {1}{(2\pi )^{2}}}h_{0}f^{-2}}
h
0
f
0
{\displaystyle h_{0}f^{0}}
1
2
h
0
τ
−
1
{\displaystyle {\frac {1}{2}}h_{0}\tau ^{-1}}
フリッカー周波数変調
1
(
2
π
)
2
h
−
1
f
−
3
{\displaystyle {\frac {1}{(2\pi )^{2}}}h_{-1}f^{-3}}
h
−
1
f
−
1
{\displaystyle h_{-1}f^{-1}}
2
ln
(
2
)
h
−
1
τ
0
{\displaystyle 2\ln(2)h_{-1}\tau ^{0}}
ランダムウォーク周波数変調
1
(
2
π
)
2
h
−
2
f
−
4
{\displaystyle {\frac {1}{(2\pi )^{2}}}h_{-2}f^{-4}}
h
−
2
f
−
2
{\displaystyle h_{-2}f^{-2}}
2
π
2
3
h
−
2
τ
1
{\displaystyle {\frac {2\pi ^{2}}{3}}h_{-2}\tau ^{1}}
アラン分散は、白色位相ノイズとフリッカー位相ノイズを見分けることができない。一方で、修正アラン分散ではこれらを見分けることができる。
アラン分散は、位相や周波数に乗るノイズを見分けるためのものである。一方で、位相や周波数の線形な変化に対して依存性を示すことがある。
アラン分散の線形応答
Linear effect
時間応答
周波数応答
アラン分散
位相のオフセット
x
0
{\displaystyle x_{0}}
0
{\displaystyle 0}
0
{\displaystyle 0}
周波数のオフセット
y
0
t
{\displaystyle y_{0}t}
y
0
{\displaystyle y_{0}}
0
{\displaystyle 0}
周波数の線形ドリフト
D
t
2
2
{\displaystyle {\frac {Dt^{2}}{2}}}
D
t
{\displaystyle Dt}
D
2
τ
2
2
{\displaystyle {\frac {D^{2}\tau ^{2}}{2}}}
上の表より、アラン分散は、位相や周波数に定数のオフセットがついても変化しないが、周波数が線形に変化すると影響を受ける。[ 6]
^ Cutler, L. S.; Searle, C. L. (February 1966), “Some Aspects of the Theory and Measurements of Frequency Fluctuations in Frequency Standards” , Proceedings of the IEEE 54 (2): 136–154, doi :10.1109/proc.1966.4627 , オリジナル の2022-10-09時点におけるアーカイブ。, https://ghostarchive.org/archive/20221009/http://wwwusers.ts.infn.it/~milotti/Didattica/Segnali/Cutler&Searle_1966.pdf
^ Leeson, D. B (February 1966), “A simple Model of Feedback Oscillator Noise Spectrum” , Proceedings of the IEEE 54 (2): 329–330, doi :10.1109/proc.1966.4682 , オリジナル の1 February 2014時点におけるアーカイブ。, https://web.archive.org/web/20140201231407/http://ccnet.stanford.edu/cgi-bin/course.cgi?cc=ee246&action=handout_download&handout_id=ID113350669026291 20 September 2012 閲覧。
^ “Definitions of physical quantities for fundamental frequency and time metrology – Random Instabilities”. IEEE STD 1139-1999 . (1999). doi :10.1109/IEEESTD.1999.90575 . ISBN 978-0-7381-1753-9 .
^ J. A. Barnes, A. R. Chi, L. S. Cutler, D. J. Healey, D. B. Leeson, T. E. McGunigal, J. A. Mullen, W. L. Smith, R. Sydnor, R. F. C. Vessot, G. M. R. Winkler: Characterization of Frequency Stability , NBS Technical Note 394, 1970.
^ J. A. Barnes, A. R. Chi, L. S. Cutler, D. J. Healey, D. B. Leeson, T. E. McGunigal, J. A. Mullen, Jr., W. L. Smith, R. L. Sydnor, R. F. C. Vessot, G. M. R. Winkler: Characterization of Frequency Stability , IEEE Transactions on Instruments and Measurements 20, pp. 105–120, 1971.
^ a b Bregni, Stefano: Synchronisation of digital telecommunication networks , Wiley 2002, ISBN 0-471-61550-1 .
^ NIST SP 1065: Handbook of Frequency Stability Analysis .