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ノート:宮崎学

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キツネ目の男に公安調査庁の協力者だったことへの批判について言及がありましたが、オフトピックなので削除しました。批判があること自体は事実なので、中立的でない編集は避けたかったのですが。

私自身はこの件に関してよく知らないのですが、現在の記事では経緯がよく分からないので、もしご存知の方がいらっしゃったらもうすこし詳しく記述していただければと思います。--KAWASAKI Hiroyuki 2005年7月19日 (火) 13:23 (UTC)[返信]

『当人は被差別部落の出身ではないが、(中略)父が被差別部落出身だったらしい…(後略)』の記述は矛盾している。そもそも「被差別部落の出身者」とは「親が被差別部落出身者」である。筆者の真意が不明なので訂正はしてないが再考を。

本来は部落差別はインドのカースト制とかと違って、血縁差別ではないそうだ。じゃあなんで差別されるかというと、部落に住んでいるから。「親が被差別部落出身者」でも、子が部落外で出生し成長したらその人は被差別部落民ではないということ。リチー

部落民の定義には(1)属地主義(旧身分がどうであろうと被差別部落に住んでいる人が部落民であるとする説)と(2)属人主義(旧身分が被差別部落民である人の子孫はみな部落民であるとする説)と(3)属地属人主義(旧身分が被差別部落民である人の子孫で、なおかつ被差別部落に住んでいる人が部落民であるとする説)があり、これらの立場のうちどれを採るかは運動団体や研究者の間でもまちまちで少々ややこしいことになっているようです。一般に同和対策事業では(3)の属地属人主義を採っていますので、宮崎氏は行政上は部落民と見なされないでしょう。属人主義を採る運動団体や研究者は今はほとんどいないのでは? --ディドロの甥 2008年1月31日 (木) 02:25 (UTC)[返信]