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- 乙巳(きのとみ、おつぼくのみ、いっし)は、干支の一つ。 干支の組み合わせの42番目で、前は甲辰、次は丙午である。陰陽五行では、十干の乙は陰の木、十二支の巳は陰の火で、相生(木生火)である。 西暦年を60で割って45が余る年が乙巳の年となる。 645年の中大兄皇子、中臣鎌足らによる蘇我氏族滅を乙巳の変という。…2キロバイト (189 語) - 2023年12月30日 (土) 12:58
- 乙巳の変(いっしのへん)は、飛鳥時代645年(乙巳の年)に中大兄皇子・中臣鎌足らが蘇我入鹿を宮中にて暗殺して蘇我氏(蘇我宗家)を滅ぼした政変。その後、中大兄皇子は体制を刷新し大化の改新と呼ばれる改革を断行した。蘇我入鹿が殺された事件を「大化の改新」と言うことがあるが、厳密には乙巳…26キロバイト (4,677 語) - 2024年3月29日 (金) 15:27
- 乙巳五賊(いっしごぞく)とは、日本による韓国支配を確立させる保護国化を定めた第二次日韓協約(1905年、干支で乙巳)に賛同した韓国(大韓帝国)の五名の閣僚を、批判して言った言葉である。 李完用 - 学部大臣 李根沢 - 軍部大臣 権重顕 - 農商工部大臣 李夏栄 - 法部大臣 / または朴斉純 -…4キロバイト (659 語) - 2022年8月21日 (日) 11:07
- 乙巳士禍(いっししか、을사사화、ウルササファ)は、1545年、李氏朝鮮の明宗時代に起きた、明宗の外戚尹元衡(文定王后・尹氏の弟)らによる、鳳城君を推戴しようとした反対勢力である先代仁宗(明宗の異母兄)の外戚の尹任と彼に登用された士林らの粛清事件(士禍)。 1544年11月、中宗が死去すると、世子が2…3キロバイト (536 語) - 2023年2月17日 (金) 20:03