守田勘彌

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丸に中が瓜実の片喰
喜の字丸
多磨霊園にある守田家の墓

森田/守田 勘彌(もりた かんや、新字体:勘弥)は、歌舞伎役者の名跡。名字は十一代目までが森田、以後が守田屋号喜の字屋定紋は丸に中が瓜実の片喰、替紋は喜の字丸。

当初「森田勘彌」は江戸三座の一つ・森田座(→守田座)の座元(座を主宰し芝居小屋を経営する者)の名跡だったが、後代になると座元が役者に転じたり、逆に役者が座元を兼ねたりすることが多くなる。そして明治末年に守田座改め新富座の経営権が松竹合名の手に渡ると、「守田勘彌」は単に役者の名跡となった。

  • 俗に初代 森田勘彌
    • 摂津の人、「うなぎ太郎兵衛」と呼ばれた森田太郎兵衛、????-1665?。万治三年 (1660) に木挽町五丁目に森田座をあげる。
    • 森田太郎兵衛 → 俗に初代森田勘彌 → 森田友楽(隠居名)
  • 三代目 森田勘彌
    • 二代目の弟、つまり初代坂東又次郎の子、????–1722
    • 坂東福松 → 二代目坂東又次郎 → 三代目森田勘彌 → 三代目坂東又九郎
  • 四代目 森田勘彌
    • 二代目の子、????–1743。
    • 坂東鍋太郎 → 四代目坂東又次郎 → 四代目森田勘彌
  • 五代目 森田勘彌
    • 四代目の母方の血縁・寳來屋金七の子、????–1802。
    • 五代目森田勘彌 → 森田又左衛門(隠居名)
  • 七代目 森田勘彌
    • 六代目の長男、????–1783。
    • 森田勘次郎 → 二代目森田太郎兵衛 → 七代目森田勘彌
  • 九代目 森田勘彌
    • 八代目の子、????–1838。
    • 坂東又吉 → 九代目森田勘彌 → 坂東八十助
  • 十二代目 守田勘彌
    • 十一代目の養子、実父は守田座帳元・中村翫左衛門、1846–97。守田座を新富座と改める。名興行師として明治の歌舞伎界を牽引した。
    • 中村次三郎 → 三代目守田勘次郎 → 十二代目守田勘彌