関靖 (日本史学者)

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関 靖(せき やすし、1877年3月4日 - 1958年8月9日)は、日本の日本史学者、初代金沢文庫[1]

経歴

茨城県出身。父、関直(せき なおし、1838年 - 1894年)は、水戸藩士で、維新後は、兵部省、陸軍省、内閣記録局などに勤めた人物であった[2]。靖は、東京府師範学校東京学芸大学の前身のひとつ)を1899年に卒業し、小学校教員を経て東京高等師範学校筑波大学の前身のひとつ)に学び、1906年に卒業した[2]。その後、山口県、石川県、神奈川県の視学官や、新潟県新潟師範学校新潟大学教育学部の前身のひとつ)、神奈川県立平塚高等女学校(神奈川県立平塚江南高等学校の前身)の教諭を歴任した後、1930年から1946年まで神奈川県立金沢文庫の初代文庫長を務めた[2]1953年、「金沢文庫の研究」で日本学士院賞受賞。1955年、同論文で日本大学文学博士[3]。号は晩翠[1]

著書

  • 北条実時と金沢文庫』金沢文庫 1935
  • 称名寺開山審海和尚』金沢文庫 1937
  • 『北条実時』北海出版社 1937 日本教育家文庫(中村光「北条泰時」をあわせる)
  • 『かねさは物語』横浜土地新報社 1938
  • 『金沢文庫案内』京浜湘南電気鉄道 1940
  • 『金沢文庫の位置に就いて』金沢文庫 1941
  • 『国難と北条時宗』長谷川書房 1942
  • 『史話北条時宗』朝日新聞社・朝日新選書 1943
  • 『武家の興学 北条実時一門と金沢文庫』東京堂 1945
  • 『金沢文庫の研究』大日本雄弁会講談社 1951
  • 『かねさは物語 金沢八景の歴史と伝説』国書刊行会 1984
  • 『金沢文庫の研究 日本教育史基本文献・史料叢書 17』大空社 1992

共著・編など

  • 性海『関東往還記』校訂増補 便利堂 1934
  • 『金沢文庫古文書』第1輯 編 幽学社 1937
  • 『金沢文庫古文書』第2輯 巌松堂 1943
  • 『金沢文庫本之研究』熊原政男共著 青裳堂書店 1981 日本書誌学大系

脚注

  1. ^ a b デジタル版 日本人名大辞典+Plus『関靖』 - コトバンク
  2. ^ a b c 石崎康子 (2014年4月19日). 横浜開港資料館館報 開港のひろば (124): p. 6-7 
  3. ^ 金沢文庫の研究 関靖”. 国立国会図書館. 2014年6月19日閲覧。