進行性核上性麻痺

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進行性核上性麻痺: progressive supranuclear palsy: PSP)は1964年にSteele JC、Richardson JC、Olszewski Jの3人によって報告された疾患である。原著では7人の剖検例を含む9例のPSP患者の報告がされている。その臨床的特徴としては垂直性注視麻痺、偽性球麻痺、項部ジストニア、認知症、姿勢保持反射障害があげられている。10万人あたり6人程度である。臨床診断基準を満たすものでもいくつかの亜型があることが知られている。典型的な臨床像はRichardson症候群とよばれる。

歴史

1963年にRichardson JCは姿勢保持障害と後方への転倒、垂直性核上性眼筋麻痺、軽度の認知症を主徴としさらに筋強剛、球麻痺を呈する症例を記載した。共同研究者のSteele JCとOlszewski Jにより病理所見が確認され進行性核上性麻痺と名付けられた。

疫学

Richardson症候群の欧米における有病率は人口10万人あたり6.0~6.4人と推定されている。Richardson症候群以外の臨床病型を含めるともっと多いと考えられる。平均60歳代で発症し、男性に多い。平均罹患期間は5~9年とされている。

臨床徴候

運動症状

発症早期から出現する後方への転倒を伴う姿勢保持障害が特徴的で顔面や頭部に外傷を負いやすい。筋強剛は四肢より頸部や体幹に強く現れる(体軸性筋強剛)。無動のため動作緩慢に見えるが、突然立ち上がって後方に倒れることがある(ロケットサイン)。振戦を伴うことは少ない。進行すると頸部が後屈する。深刻感が乏しく多幸的である場合が多い。

眼球運動障害

垂直性(特に下方視)の核上性麻痺が特徴であるが終末期にいたっても30%ほどでは認められない。これは指標への追視ではなく注視の障害である。進行すると水平方向の注視や瞬目も障害され特徴的な顔貌になる。眼球党反射による眼球運動は保たれる。

認知症(前頭葉性認知症または皮質下認知症)

通常は運動症状の出現以降にみられるが、認知症で発症する場合もある。1974年にAlbertらは認知症の特徴として、健忘(十分時間をかければ思い出す)、思考の緩慢、人格や気分の変化(アパシー、うつや易刺激性)、獲得した知識を操作する能力の障害(計算や抽象化能力の低下)を挙げ、その責任病変を皮質下の基底核に求め、皮質下性認知症と命名した。近年では前頭葉性の認知機能障害とも考えられている。見当識障害はあっても軽く、失念、思想の緩徐化、情動と性格の変化、知識の操作能力の低下など遂行能力障害が目立つ。認識の遅さと運動の遅さには相関関係はない。非言語性推論や言語の流暢性が高度に低下する。

前頭葉徴候

把握反射、模倣行動、使用行動、視覚性探索反応が出現する。拍手徴候はかつてはPSPに特異的とされたが大脳皮質基底核変性症多系統萎縮症でも陽性となる。

病理

肉眼所見

主要な病理変化は皮質下神経核にみられる。強い変性は視床下核、黒質、淡蒼球内節、上丘を含む中脳被蓋、小脳歯状核にあり、次いで、視床、淡蒼球外節、線条体、中脳網様体、赤核、青斑核、橋被蓋および橋核、下オリーブ核にも変性が認められる。黒質の褪色と萎縮が高度であるが、青斑核の褪色は軽度にとどまる。認知機能障害の責任病巣としては視床下核を中心とした皮質下神経核の変性に加え、大脳皮質や海馬傍回の変性が指摘されている。

顕微鏡的所見

神経細胞の変性・脱落とグリオーシスが認められる。鍍銀染色ないし抗リン酸化タウ抗体(AT8ないしAD2)により神経細胞およびグリア細胞内のタウ凝集体(4リピート優位の異常リン酸化タウ蛋白)が観察される。神経細胞内には神経原線維変化(NFT)、神経細胞突起にはneuropil threads、アストロサイトには突起にタウ蛋白が房状に沈着するtuft-shaped astrocyteがオリゴデンドロサイトにはcoiled bodyが認められる。特にtuft-shaped astrocyteが進行性核上性麻痺に特徴的な所見である。

進行性核上性麻痺の臨床症状と解剖学的病巣の対比を以下にまとめる[1]

病変 臨床症状
前頭葉 遂行機能障害、進行性非流暢性失語、保続、衝動性
頭頂葉 他人の手徴候
黒質 筋強剛、寡動、姿勢保持反射障害、ジストニア
黒質以外の中脳のドパミン作動性神経 レボドパに対する反応性の欠如
中脳水道周辺灰白質と縫線核 睡眠障害
小脳歯状核 眼球運動障害
小脳プルキンエ細胞 小脳失調
橋・延髄諸核 構音障害、嚥下障害
内側縦束吻側間質核 注視麻痺
橋網様体のコリン作動性神経 姿勢反射障害、眼球運動障害

臨床亜型の病理所見

PSP-Pの病理学的な変化はRSと比較して程度が軽く、病変部位がより限局し、黒質と視床下核に目立つ。この差異がRSと異なり振戦やレボドパ反応性を呈する原因と考えられている。PSP-PAGFでは淡蒼球、黒質、視床下核に限局した変性所見が認められる。PSP-PNFAでは側頭葉や上前頭回の所見が強く脳幹や皮質下神経核の変性は軽度である。PSP-CBSでは前頭頭頂葉皮質とその入出力に関わる部位に病変が認められる。PSP-Cでは小脳皮質のプルキンエ細胞の細胞質にタウ蛋白陽性の顆粒状封入体を認める。

タウオパチー

進行性核上性麻痺、皮質基底核変性症などがタウオパチーとして知られている。1975年タウは神経系に特異的に発現する微小管結合蛋白質として発見された。微小管はα、βチューブリンのヘテロ二量体からなる主要な細胞骨格のひとつと考えられている。タウは細胞内において微小管の重合促進および安定化、細胞骨格構造の形成、維持に重要な役割を果たし、その機能はリン酸化(大きな電荷によるコンホメーション変化)によって調節されている。タウ遺伝子はヒトでは17番染色体上17q21.2に存在し、16個のエクソンからなる。タウは単一遺伝子から転写されたpre-mRNAが選択的スプライシングされることで6つのアイソフォームが発現する。エクソン2,3,10の選択的スプライシングの結果アミノ酸352~441個の6つアイソフォーム、即ち352(0N3R)、381(1N3R)、383(0N3R)、410(2N3R)、412(1N4R)、441(2N4R)ができる。Rはタウのカルボキシル基末端側の微小管結合部のリピート数を示す。微小管結合部はエクソン9~12にコードされておりエクソン10を含む4Rタウとエクソン10を含まない3Rタウに分けられる。タウの微小管結合能は4Rの方が大きくN末端の配列は影響しない。NはタウのN末端部位に存在するプロジェクション領域と言われる部分のプロフィールであり微小管の間の間隔を決定している。エクソン2.3の有無によって決定されエクソン2,3ともに認められないと0Nであり、エクソン2がある場合は1N、エクソン2.3ともにあれば2Nと分類される。ヒト胎生期~新生児期は352(0N3R)のみ発現するが成人では6つのアイソフォームすべてが発現する。これは微小管ネットワークのダイナミクスを保つ上で3Rタウによる微小管形成が必要であり、安定な微小管ネットワークを保持するには4Rタウによる微小管形成が必要である可能性が示唆されている。神経細胞内線維状封入体を形成するタウのアイソフォームは各疾患によって異なり主に3R型、主に4R型、あるいは3R、4R両者が同じ比率で含まれるタイプに分類される。3R型にはピック病、4R型には進行性核上性麻痺、皮質基底核変性症など、両者にはアルツハイマー病などがある。

臨床病型

多変量解析による病型分類

歴史的にはDavid R. Williamsらが行った多変量解析による検討によって分類が始まった[2]。これは1988年~2002年にかけて病理学的にPSPと診断された103人のカルテ記載をもとしたレトロスペクティブスタディである。主成分分析およびクラスター分析を行い、病理学的にPSPと診断した患者の臨床症状はRichardson症候群とよばれる群とPSP-parkinsonism(PSP-P)と呼ばれる群に分けることができた。またこの検討の時点でそれ以外の群の存在が示唆された。

各病型

2013年現在はタウ病変の分布によって脳幹優位型(PSP-P、PSP-PAGF)と大脳皮質優位型(PSP-CBS、PSP-PNFA、PSP-FTD)に分類される。臨床亜型の特徴を以下のようにまとめる[3]

  RS PSP-P PSP-PAGF PSP-PNFA PSP-CBS PSP-C
筋強剛 体軸性 四肢>体幹 体軸性 ときどきあり あり あり
無動 軽度 中等度 中等度 軽度 あり あり
振戦 なし あり/なし なし なし なし なし
早期の転倒 あり なし なし ときどきあり ときどきあり しばしばあり
早期の姿勢保持障害 あり なし あり 不明 不明 ときどきあり
早期の認知機能低下 しばしばあり なし なし ときどきあり なし ときどきあり
早期の眼球運動障害 あり なし なし ときどきあり なし ときどきあり
早期の失調 なし なし なし なし なし あり
レボドパへの反応性 なし あり なし なし なし なし
Richardson症候群

初期から転倒を伴う姿勢保持障害、垂直性核上性注視麻痺、体軸性固縮、認知症などが特徴とされる。半数以上が1年以内に転倒を繰り返す。また注視麻痺は病初期には認められないことが多く、下方視の障害は平均3年目に出現する。PSP全体の54%程度を占める。

PSP-parkinsonism(PSP-P)

左右差をもって発症し、姿勢時振戦や静止時振戦をみられ、しばしばパーキンソン病と診断される。L-DOPAが2~3年効果がある。初期の転倒や眼球運動障害や認知機能障害は認められない。PSP全体の32%を占める。タウ病変の分布はRichardson症候群と同様であるが程度が軽いとされている。罹患年数は平均9.1年と長く、死亡時年齢も平均75.5年と長い。

PSP-pure akinesia with gait freezing(PSP-PAGF)

発症が緩徐で早期に歩行または発語のすくみ現象がある。筋強剛や振戦がみとめられずL-DOPAに対する反応性がないもの。すくみが他の神経症候より長時間先行し罹患期間は平均13年と長い。

PSP-corticobasal syndrome(PSP-CBS)

臨床的にCBSを示すものでありPSPの3%を占める。

PSP-progressive nonfluent aphasia(PSP-PNFA)

進行性非流暢性失語あるいは発語失行が前景にたつ。下前頭回を含む前頭葉のタウ病変が高度である。

PSP-frontotemporal dementia(PSP-FTD)

人格変化、行動異常、無為、無感情、脱抑制を示し前頭側頭葉型認知症の臨床像をとる。PSPの4%ほどをしめる。

PSP-cerebellar ataxia(PSP-C)

小脳皮質の萎縮がない脊髄小脳変性症で鑑別が必要である。

検査

MRI
ハミングバードサインが認められる。

中脳被蓋の萎縮、前頭葉の萎縮、第三脳室の拡大、上小脳脚の萎縮などが知られている。正中矢状断像においては萎縮の少ない橋に比べて中脳被蓋の萎縮が強くこの対比からペンギンシルエットサインと呼ばれる。中脳被蓋上部の細長いくちばし状の構造からハチドリサインと称される。横断像では中脳被蓋部分の萎縮した構造から朝顔サインといわれる。中脳被蓋の萎縮を客観的に評価するには正中矢状断像での面積計測が有用である。典型的なPSPでは中脳被蓋面積<75mm2、中脳被蓋面積/橋被蓋面積<0.15を示すことが多い。さらに小脳歯状核の変性による遠心路の二次性変化を反映して上小脳脚の萎縮も認められる。MRPI(MR Parkinson index)という評価法もあり、橋面積/中脳被蓋面積×中小脳脚幅/上小脳脚幅をMRPIといい、13.55以上ならば進行性核上性麻痺の感度100%で特異度90.3%と報告されている[4]

多系統萎縮症との鑑別に上小脳脚の評価が重要といわれている。小脳失調を来す疾患には上小脳脚が障害されるPSP、SCA3歯状核赤核淡蒼球ルイ体萎縮症(DRPLA)と上小脳脚の障害が軽いMSAの初期、SCA2SCA6SCA31などが知られている。特にPSPにおいては歯状核の変性や赤核および視床の腹外側核が脱髄を示すため上小脳脚の病変が必発である。Tsuboiらは剖検例で対照と比較してPSP患者における上小脳脚の幅が有意に短縮を示していることを報告している[5]。一方でMSAは一般的に上小脳脚の異常を示さないためにPSPの鑑別に上小脳脚病変の有無に着目することが有用と考えられている[6][7][8]

SPECT

前頭葉の血流低下が知られている。

診断

Litvanらが作成したNINDS-PSPの診断基準が知られている。この基準では垂直性核上性眼筋麻痺と発症1年以内の姿勢保持障害と易転倒性が重視されている。これはパーキンソン病との鑑別に有用であるが、これらの所見を認めないPSPも存在するため感度が低い。臨床診断ではPSP-like syndrome(PSPS)といい病理診断でPSPと確定する。

治療

初期はL-DOPAが有効な場合がある。

参考文献

関連項目

脚注

  1. ^ Lancet Neurol. 2009 8 270-279. PMID 19233037
  2. ^ Brain (2005), 128, 1247–1258 PMID 15788542
  3. ^ Lancet Neurol. 2009 8 270-279. PMID 19233037
  4. ^ Neurology. 2011 77 1042-1047. PMID 21832222
  5. ^ Neurology. 2003 60 1766-1769. PMID 12796528
  6. ^ Brain. 2006 129 2679-2687. PMID 16815875
  7. ^ Neurology. 2006 67 2199-2205. PMID 17190944
  8. ^ Neuroradiology. 2007 49 111-119. PMID 17200869