親知らず

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親知らず
上顎第三大臼歯
下顎第三大臼歯

親知らず親不知(おやしらず)とは、ヒトの一種。下顎第三大臼歯および上顎第三大臼歯の事を指す。知恵歯(ちえば)、智歯知歯(ちし)とも呼ばれる。

下顎第三大臼歯と上顎第三大臼歯は、思春期後半から20歳以降に生え始めることが多いが、現代人では全く生えそろわない場合も珍しくない。

語源

赤ん坊の歯の生え始めと違い、多くの場合親元を離れてから生え始めるため、親が歯の生え始めを知ることはない。そのため親知らずという名が付いた。また、乳歯が永久歯の「親」と考えると、親知らずには、対応する乳歯が存在しないので、「対応する乳歯が無い=親知らず」として命名された、という説もある。


親知らずのことを英語では wisdom tooth という。これは物事の分別がつく年頃になってから生えてくる歯であることに由来する。

進化の上での位置付け

狭鼻猿類やヒト科に属するチンパンジー・ゴリラ・オランウータンなどは永久歯が32本であり[1]、当然人類も32本が本来の数である。しかしヒトの第三大臼歯は退化の傾向が著しく、人類進化の早期に既に縮小・退化が始まっている。スイスの人類学者ヨハネス・ヒュルツェラー (Johannes Hürzeler) によると、オランウータンを除いたゴリラなどの類人猿では臼歯の中で第三大臼歯が最も大きく、これは原初的な人類でもあるパラントロプス属も同様であるが、北京原人[2]では既に第三大臼歯は第一・第二大臼歯より小さくなり、この傾向は現生人類にも受け継がれている。

のみならず、現生人類では第三大臼歯そのものが生えなくなりつつある(下の表を参照)。

日本人の歴史における、知歯が全て生えそろう割合(鈴木尚による)
縄文時代 古墳時代 鎌倉時代 現代
81.0% 62.7% 42.9% 36.0%

生えないだけでなく、生えても方向や位置が異常であるなど、咀嚼に役立たない歯である場合が多い。但し、現生人類でも知歯の生え方には差があり、一般に黄色人種では欠如が多く、白色人種黒色人種、オーストラリアのアボリジニなどは萌出する事が多い(親知らず事始め)。しかしそれらの人種についても第三大臼歯は他の大臼歯より小型で、全般的には退化の傾向が強い。これは、ヒトにおいては将来第三大臼歯が消失し、永久歯が28本になる可能性を示す。

原因については、初期人類が固く粗雑な食物を摂取しており、頑強な歯と顎が要求されたのに対し、人類の文化の発展と共に火で加熱するなどして柔らかくした食物を食べるようになって歯と顎が縮小した事も考えられる。しかし人類が火を使用し始めた時期がまだはっきりしない[3]など、詳細は不明である。

問題点

親知らずの特徴として、よく口腔内に不都合や疾患を起こすことが挙げられる。

歯が横向きなどで生えてきて歯茎や顎の骨を圧迫して痛みを与えたり、そうでなくとも非常に歯を磨きにくい状態になり虫歯歯肉炎を誘発したりもする。

下顎水平埋伏智歯のレントゲン写真
  • 横に生えた親知らず(水平埋伏知歯)は磨き残しを発生させやすく虫歯を誘発し、隣り合う健康な歯をも失うことがある。
  • 下の親知らずの抜歯の際に神経(下歯槽神経)を傷つけることがあり、その場合は麻痺や痺(しび)れが残ることがある。神経に特に近いと思われるときには、抜歯の計画を立てる際にレントゲンやCTなどによる検査を行う。
  • 人生に大きく影響を与える時期(大学受験・就職活動など)に痛みが継続的に発生する可能性がある。
  • 知歯の生え方、例えば骨と完全に癒着した状態での抜歯などは、治療期間が長期化することもある。難度が高い場合などは歯科口腔外科のある病院に紹介される場合もある。
  • 生えている途中、あるいは治療中(長時間開口しているため)に顎関節症などを併発する可能性がある。
  • 親知らずの影響でかみ合わせが狂い体のバランスが崩れることがある。

こういった状態になると、必然的に歯科医により抜歯などの対処をすることになるが、歯そのものや神経は健康であることが多いため、その作業は非常に負担がかかる。特に下顎においては、麻酔を打っても痛みがある場合もあり、術後に麻酔が切れた後の痛みやだるさも、他の歯の抜歯の場合より激しいことが多い。上顎の親知らずを抜歯した場合、上顎洞と口腔が貫通してしまう事もある。医療技術が現在のレベルに到達していなかった時代は、親知らずに起因する炎症によって死に至るケースもあった。


対策

発生期になったら痛みがなくても、経過観察をしてもらっている歯科医にレントゲンを撮影してもらい、相談する。

歯科医師によっては、親知らずは生えるのが自然であるので、痛みや咀嚼の障害がなければ抜歯等の対策は不要とする意見もある。取り立てて不都合のない場合は、しっかりと根の付いた歯を余分に得たことになる。仮に手前の大臼歯を失った時には、その部位の代用歯として移植が可能であり、入れ歯ブリッジの支台としても有効に使える。8020運動などの老後を見据えれば、本来は価値のある歯である。

脚注

  1. ^ 中南米に分布する広鼻猿類では36本ある種類がある(小臼歯が上下左右で1本多いため)。
  2. ^ 現在の主導的見解では、北京原人は現生人類とのつながりはないとされているが、進化段階において猿人段階と新人段階の中間にある事は確かである。
  3. ^ 三井誠 『人類進化の700万年』 講談社現代新書 2005年

外部リンク