石川豊麻呂

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
 
石川豊麻呂
時代 奈良時代
生誕 不明
死没 不明
官位 従五位上造宮大輔
主君 孝謙天皇淳仁天皇称徳天皇光仁天皇桓武天皇
氏族 蘇我氏石川氏
テンプレートを表示

石川 豊麻呂(いしかわ の とよまろ)は、奈良時代貴族官位従五位上造宮大輔

経歴[編集]

孝謙朝において、造東寺司判官を経て、天平勝宝9歳(757年従五位下叙爵天平宝字7年(763年鋳銭長官に叙せられるが、淳仁朝から称徳朝にかけて政変(藤原仲麻呂の乱か)に巻き込まれたらしく官位を剥奪される。

光仁朝宝亀4年(773年)罪を赦され、本位(従五位下)に復して左京亮に任ぜられる。宝亀5年(774年) 3月に尾張守として地方官に転じるが、翌月には美濃介に遷る。宝亀9年(778年)従五位上・造宮少輔に叙任されて京官に復し、天応元年(781年桓武天皇即位後まもなく造宮大輔に昇格している。

官歴[編集]

続日本紀』による。

脚注[編集]

  1. ^ 『大日本古文書(編年文書)』3巻588頁
  2. ^ 『大日本古文書(編年文書)』5巻653頁

参考文献[編集]