泉漾太郎
泉 漾太郎(いずみ ようたろう、1908年1月5日-1996年10月23日[1])は、日本の詩人・作家。
略歴
栃木県塩原温泉の旅館・和泉屋の後継ぎとして生まれ、のち主人となる。本名・田代太平。大田原中学(現栃木県立大田原高等学校)時代から野口雨情に師事[2]して詩を書いた。竹久夢二と親しく、旅館に逗留した新鷹会の時代小説作家たちとも交わった[3]。のち小説も書く。
著書
- 『夢を追ふ 民謡集』真砂社出版部 1928
- 『旅情 泉漾太郎民謡集』詩人界社 1940
- 『農村うたものがたり』新小説社 1943
- 『盂蘭盆夜話』新小説社 1955
- 『こんばんは 民謡集』中央公論事業出版 1978
- 『下野民謡物語』丸ノ内出版 1979
- 『野口雨情回想 雨情精神と童心教育』筑波書林(ふるさと文庫) 1980
- 『いろは紅葉 名妓塩原高尾太夫伝』講談社出版サービスセンター 1991
- 『花妖殺生石 九尾狐後日譚』講談社出版サービスセンター、1993
校歌作詞
- ^ 『著作権台帳』
- ^ “泉漾太郎と雨情の交流紹介 塩原もの語り館で企画展 那須塩原|地域の話題,県内主要|下野新聞「SOON」ニュース|下野新聞 SOON(スーン)” (日本語). 下野新聞 SOON 2018年11月17日閲覧。
- ^ 和泉屋旅館
- ^ “ホーム - さくら市立氏家小学校”. schit.net. 2022年7月27日閲覧。