朽木友綱

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朽木 友綱(くつき ともつな、慶長4年(1599年) - 寛文2年8月8日1662年9月20日))は、江戸時代初期の旗本寄合朽木元綱の次男。通称、与五郎。兄に宣綱、弟に稙綱。子に由良貞房室ほか。

経歴

細川忠興に仕え、大坂夏の陣の功で銀子20枚を拝領した。元綱の死後、その遺領は宣綱6300余石、友綱2015余石、稙綱1100余石と兄弟3名で分割相続し、友綱は旗本となった。歩行頭となり、寛永10年(1633年)に将軍家御用の新茶を運ぶ宇治採茶使神尾守勝近藤用行安藤正珍と務める。子孫は3010余石の旗本として存続した。