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中野 操(なかの みさお、1897年10月30日[1] - 1986年3月21日[1])は、日本の医師、医史学者、陸軍軍医[1]。京都府出身、京都府立医専卒[1]。
戦後、大阪で開業[1]。1938年杏林温古会を設立、機関誌『医譚』を発行[1]。大阪の医学史研究につとめた[1]。
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