リウドルフ (ザクセン公)
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リウドルフ(ドイツ語: Liudolf, 806年 - 864年あるいは866年3月12日)は、ザクセン伯爵。東ザクセン公とも呼ばれる。東ザクセンの領土をめぐってノルマン人やスラヴ人と争った。リウドルフ家(リウドルフィング家)の名は彼の由来する事実上の家祖である。
リウドルフは、フランクの王子ビルンクとエーダの娘オーダと結婚した。このフランク貴族との結婚によって、リウドルフ家はフランク王国内で確固たる地位を占めた。オーダは913年5月17日に亡くなった。107歳と推定されている。
845年(あるいは846年)、リウドルフとオダはローマ教皇セルギウス2世のもとへ赴き、女子修道院を建設する許可を願い出た。セルギウス2世はこれを許可し、852年にブランシャウセンに女子修道院が建設され、その後の881年に、ガンダースハイムに移設された。リウドルフの娘のハトゥモット(Hathumod)は女子修道院長となった。リウドルフはブランシャウセンに埋葬された。
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