にらみ返し

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にらみ返し(にらみかえし/にらみがえし)は、古典落語の演目の一つ。睨み返しとも表記する。

概要

原話は、1777年安永6年)に出版された笑話本『春袋』の一編「借金乞」。大晦日を舞台にした噺で、寄席などでは年末に多く演じられる。主な演者に、東京の5代目柳家小さん3代目三遊亭遊三らが知られる。

演技の重点を無言での顔の表情の変化に置くため、CDなどのような、音声のみのソフト化は非常に少ない[1]

あらすじ

演者はまず、近世の小売店は掛売りが基本で、月末に店の者が購入者宅に出向き、売掛金を回収して清算する習慣だった、ということに触れる。

1年間の取引のツケを清算する大晦日。長屋八五郎(あるいは熊五郎)とその妻は支払いの当てがなく、頭を抱えている。飛び込んできた屋が「払ってもらうまで、俺はここを動かねえ」とすごむと、八五郎は「それなら俺も、払うまではお前を帰さねえ。ただし、3月(あるいは半年)待てよ。飯は出さねえが、葬式は出してやる」と言い返す。ひるんだ薪屋は、「しょうがねえ、今日は勘定をもらったつもりで帰るよ」と言う。八五郎は「それなら、受け取り(=領収書)を出せ」と言い返して、薪屋に店印の入った領収書を出させ、「『一つ金(きん)2円85銭(※演者によって金額は異なる)也、右まさに受け取り申し候』。さっき払ったのは10円だ。釣りを出せ」と言う。薪屋は「冗談じゃねえ」と言い残し、退散する。夫妻がこれから続々と来るであろう掛け取りたちに身構え、うんざりしていると、外で、

「エー、借金の言い訳ー、しましょーう。エー、借金の言い訳ー、しましょーう」

という奇妙な売り声がする。八五郎は妻に売り声の主の男を呼んで来させ、詳しく話を聞くと、男は「言い訳屋でございます。1時間に2円の手間で、追い返します」と言う(※この部分は「一刻(いっとき)に一分(いちぶ)」など、演者や時代によって単位が異なる)。夫妻は料金を工面し、言い訳屋に仕事を依頼する。言い訳屋は火を入れた煙草盆を持って来させ、「仕事をうまく進めないといけませんので、おふたりは次の間(=隣の部屋)に隠れて、ひと言も声を立てないでいただきたい。あ、この長屋はひと間か。では、こちらへどうぞ」と言って、夫妻を押し入れに押し込む。

言い訳屋が座敷に座って待っていると、米屋の小僧が掛け取りにやって来る。「御免ください。お勘定を取りにうかがいました。お留守でございますか。……お邪魔をいたします。ん!?」小僧が長屋の戸を開けると、見知らぬ男が座り込み、怒りの形相で小僧をにらみつけ、キセルをゆっくりした動作でふかしながら黙っているので、小僧は男の顔をまともに見ることができず、「あっ、あの……」と言ったまま二の句が継げなくなる。小僧はたまらなくなり、長屋を飛び出す。

押し入れのふすまを開けた八五郎が「ずっと黙ってたようですけど、何をしてるんです」とたずねると、言い訳屋は「ええ、にらみ返すんです」と語る。魚屋(あるいは酒屋)の若い者は、戸を開けて言い訳屋の顔を見た瞬間に戸を閉め、きびすを返す。

そこへ、高利貸しの男・那須がやって来る。那須は大きく咳払いをし、「八五郎君も細君(さいくん=妻)も留守のようだね、君は留守の者かね? 君で話がわかるのか」と言い訳屋にたずねるが、言い訳屋は目線をそらさぬままキセルを深く吸い込むばかりで、一切返事をしない。高利貸しは「なんだ、わしを敵に回すのか。こう見えても、ひとりやふたりの命を取るなど、何とも思っておらぬのだ」と大声ですごむと、言い訳屋は怒り顔をさらに強めてにらみ返す。高利貸しが語気をさらに強め、「貴様、吾輩の言ってることが聞こえんのか。失敬な奴だ。馬鹿にすると承知をせんぞ」と叫ぶと、言い訳屋は眉と目をよりつり上げ、ゆっくりと吸い込んだキセルの煙を、うなり声を上げながら思い切り高利貸しに吹きかける。「それはいかん。それはおだやかじゃない。また来よう。御免」

八五郎は「あれは手ごわかったんです。実にお見事」と感心する。言い訳屋は「少し時間を過ぎたようですので、私は失礼をいたします」と、帰り支度を始める。八五郎は「先生、まだ残ってるんですよ。あともう少し……」と懇願する。言い訳屋は、

「そうしちゃいられません。これから家へ帰って、自分の分をにらみます」

脚注

  1. ^ CDで入手可能なものに、『ビクター落語 八代目三笑亭可楽 5』(ビクターエンタテインメント VZCG-210、2001年)、『五代目柳家小さん 名演集15』(ポニーキャニオン CDPCCG-00761、2006年)がある。

関連項目

  • 掛取万歳 - 居座りを宣言した掛け取りに対し、主人公が「ずっとそこにいろ」とすごんで追い返す、というシーンが共通している。
  • こんにゃく問答 - 演者の動作がハイライトとなる演目。